重陽(金継ぎ師弟の恋にはなれない恋の話 ・番外編) 

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「……うん。金継ぎを施したことで銘品になった器は無くもないから、かろうじて芸術の道からは、外れて居ないんだろうけど……」  和史は、空になった壮介と自分の盃に酒を注ぎ足す間、言葉を止めた。辛辣な内容の割りに、口調は楽しい予定について話してでもいるかの様に、明るく、軽やかだった。 「お前が名前が残る芸術家としての仕事から降りて、表舞台に出ない職人に近い仕事に就きやがった事は、確かだよねー」 「俺の勝手だろ」 「そうだよ?そんな事は、お前の勝手だ。そんなお前に俺がムカつくのも、俺の勝手。」  「和史」 「お前ら、もう帰れ」 「え。俺も?」  和史を(いさ)めようとした毅も纏めて、壮介は嫌そうにばっさりとぶった切った。 「はいはい、酒も飲んだし、帰りますよ。お邪魔しました」  確かに、ちょうど酒瓶は空になっている。毅はまだ飲み終えて居ない一杯目を急いで空にして、迷いながらも和史に続いて壮介宅を出た。 「おい、酔ったのか?今日はやけに酒癖が悪いな」  エレベーターの前で、追い付いて尋ねる。聞いている側の顔の方が、明らかに真っ赤だ。 「酔ってるか?どうだろうねー」  エレベーターを降り、エントランスを出る。  機能的なマンションは華也子にはよく似合ったが、壮介には未だに馴染まない。 「家を継がないといけなかった俺と違って、あいつは自由に選べた筈だ。才能も有った。チャンスも有った。なのに、それを全部、あっさり捨てた……俺は、一生あいつを許さない」  壮介に言えば嫌がられるだけだろうが、和史にとって、壮介は憧れだった。  決められた道だけを歩いてきた自分とは違い、進もうとした平凡な道から(はじ)かれて芸術の道に拾われて、才能を認められ、機会を与えられた人間。自分の道を淡々と自分で開くという姿を、密かに尊敬していたというのに。 「許さない、って……あいつは俺達の友達だろう」 「友達だよ?だから、許せないんでしょ」  歩いている内に、辺りが開けた。  ふと見ると、低い空に(いびつ)な月が浮かんでいる。 「……あいつが挫折する事なんか、俺は絶対に許さない」  これが執着でも、妬みでも、歪んでいるとしても。  誰が何と言おうが、和史にとってはこれが壮介への友情なのだ。 「月か。……綺麗だな」  和史の視線を追って気付いた毅が呟く。 「飲んでる時は見てなかったのに、今更だよねー」  壮介も、月を見ているだろうか。  秋は良い季節だ、名月が三回も有る。酒を飲む口実には事欠かない。 「次は中秋の名月だね。予定空けといて」 「お前……怒らせて追い出されたばっかりなのに、懲りないな……」 「当たり前でしょ。俺は、あいつを一生許してやらないんだから」  中秋の名月には、菊ではなくて芋を供える風習がある。  芋ならばつまみになるから、もう少しゆっくりと飲めるかもしれない。  上限から満月に向かい行く月明かりに照らされながら、二人の男は、家路についた。               【終】
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