重陽(金継ぎ師弟の恋にはなれない恋の話 ・番外編) 

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「こんばんはー」 「お邪魔します」 「おう」  二人の訪問者は、飾り気のない玄関に迎え入れられた。  しばらく前までは花が飾られることもあった玄関は、今は全く殺風景だ。   「今日は何だ?家で飲もう、なんて」  訪ねてきた和史と(つよし)は、壮介の大学の同窓だ。壮介が少し年嵩(としかさ)だが何故か気が合って、卒業してからも細く長く腐れ縁が続いている。 「そりゃあ、お前が仕」 「たまには良いだろ、日本酒。重陽(ちょうよう)の節句だし」  まだ口に出していない部分の遠慮の無さを察した和史が、毅の言葉をもぎ取った。そのままにっこり微笑んで、巻包みにして抱えていた風呂敷から、四合瓶と小ぶりの紙袋を取り出す。  九月九日を、重陽の節句という。陽の数である奇数が重なる節句の中で最大の「九」の重なるこの日は菊の節句とも呼ばれ、花片を浮かべた酒を飲む風習が有る。 「……辞めたんだって?」 「……ああ」  壮介の方を見ずに風呂敷を畳みながら問えば、短い返事が返って来た。 「華也ちゃんは、何て言ってるの?」  壮介の妻の華也子は、和史や毅と同じく、大学の同窓だ。  この二人は、華也子の熱意で付き合い始めたようなものだ。結婚もその後の生活も、ほとんど華也子の希望通りだった筈だが。 「部屋見て分かんねぇか?」 「部屋?……部屋が、どうかしたか?」  酒器を用意しながら嫌そうに告げられた壮介の言葉で、毅は訝しげに室内を見回した。和史は、溜息を吐いただけだ。 「別れた。身の回りのもんと離婚届だけ持って出てって、残りの荷物は業者が引き取りに来た。裏切り者は、お払い箱だってよ」 「裏切ったって……浮気でもしたのか」 「ガンガン。違うよ」  壮介の並べた盃に、持参した食用の菊を散らす。  日本酒は、盃と同様に菊を散らした片口に注いだ。どれも、繕った跡がある。壮介の金継ぎの習作だ。 「華也ちゃんには、壮介が辞めたって事自体が、裏切りなんじゃないかな」 「仕事を辞めただけだろ?俺だって辞めたぞ、良く有ることだろ」  和史と壮介は、毅の言葉に苦笑した。
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