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7.またね、ピーターパン。
……ああ、そうだ。高校の宿題があった。たしか……将来の夢。高校生にもなって自分の将来の夢なんて書かせるのってどうなんだか。
「ねえ、おねえちゃん」
目を閉じてみる。視界から星の輝きが消えた。
将来の夢、かあ……かわいいお嫁さんになりたいですっ! とか書いたら怒られるんだろうなあ。
「おねえ、ちゃん?」
昔はなんて言ってたかな。芸能人? そんなのじゃなかった。もっとマイナーな感じ。…………そうだ、絵本が描きたかったんだ。いつだったか、芸術の授業で隣の席になった子の絵がすごく上手で、自分の絵がひどく下手に見えて、それ以来、絵本を描きたいって言うのがすごく恥ずかしくなったんだっけ。
なまじ自分の絵に自信を持ってたせいかな、絵を描くのも嫌になっちゃった。
「寝ちゃった~?」
夢を見失ったわたしは、将来の夢と聞かれるたびに、いや、現在の目標を尋ねられるだけでも、目標を見つけることが目標ですっ。なんて、何もしてないのを、わざわざもっともらしい言い訳をして、体よく逃げてた。
今回もそう書くのかな。
そう書くんだろうな。
「落書き、しても良い、かな?」
一人分の足音が近づいてくる。
「寝てないし、落書きされるのはヤダ」
目を開くと、わたしの顔を覗き込んでいたセイは「なんだ」と残念そうに言いながら、ヒイとは反対側に倒れるように寝転がった。
「二人は、将来の夢って考えた事ある?」
聞いてみると二人は、
「うんっ」
「ある、よ」
と昔のわたしのように、瞬時に返す。
「あのね、あのね、あたしはお菓子屋さんになりたかったの! お菓子屋さんってね、魔法使いさんなんだよっ! いろんな色のキレイで美味しいお菓子を作って、みんな、みーんな笑った顔に変えちゃうんだっ。だからね、あたしもお菓子屋さんになりたかったんだあ」
興奮を隠そうともせず話すヒイ。興奮しすぎて、話し方がおかしくなってるよ。
「ぼくはね、マラソン、の、選手に、なりたかったんだっ。ぼくね、走るの速いんだ。ヒイには、負けたことないもん。」
セイも興奮した状態で、話し慣れていないかのように話す。
「二人とも興奮しすぎて、過去形になっちゃってるよ。そういう時は、『なりたかった』じゃなくて、『なる』で良いんだよ」
わたしが指摘すると、ふたりは少し大人びた、でも泣きそうな表情をし、俯いた。
「ど、どうしたの二人とも?!」
え、えっと……何かまずいこと言っちゃったかなあ? いや、ど、どうすれば良いの?
「これで、良いんだよ」
「へ……?」
頭を抱えているわたしの横で、二人が消えてしまいそうな小さな声で言う。
「過去形で、合ってるんだ」
「あたし達には、もうなれないから、ね」
言ってこちらを向いた二人は、泣きそうで、それでも無理やりに笑っていた。
やめてっ! そんな表情しないでっっ!
それは、子どもがしてはいけない表情。大人になるにつれて、嫌でも覚えていってしまう表情。
「へ、変なこと聞いちゃってごめんねっ」
察してしまわないように、気付いてしまわないように、わたしは無理やりに話を逸らそうとする。その声は、自分でも分かるくらいに震えていた。
頭にどこかの風景が浮かぶ。
夜の住宅街。
人通りの少ない、薄暗い、小さな道路。
ここは……二人と出会った場所?
この世界に来るために通った、電柱と誰かの家の塀。
少しずつ、視界が下に降りてゆく。
ダメッ! これ以上は見たくない!!
わたしが拒絶しようとも、その光景は無理やりに頭の中に浮かび上がってくる。
今日置かれたであろう、萎れていない花束。
近くの自動販売機で買ったらしい、缶ジュースが二本。
近所のスーパーマーケットにある、子ども向けのお菓子コーナーから選ばれた数種類のお菓子。
それらが、電柱の下で、道路を走る車の邪魔にならないように、申し訳なさそうに置かれていた。
「ごめん。ごめんね」
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