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今日の朝、お母さんが話していた、いつか近所で起こった交通事故。どこかの誰か、わたしの家の近くに住んでいたというだけの、ほとんど関係性のない双子の幼い姉弟が亡くなったと言っていた。
「なぜ、謝る、の?」
何故なのかなんて、自分でも分からない。それでも、無性に謝らなくちゃいけない気持ちになった。
「あのね、あのね、おねえちゃんの将来の夢ってなに?」
ヒイがさっきとは違う、大人の表情ではなく、子どもの笑顔でこちらを見ている。表情が戻ったことは嬉しいけどね……今それを聞く?!
「謝らなくて、良い。教えて」
うう、セイまで……分かったよ。
「あの……その……いまは…………無いんだ」
「ないって?」
「大人に近づく毎に分かるんだ……この人には敵わないって、自分があまりにも凡人なんだって」
「そっか……」
大人はみんな努力すればって言う。でもね、努力すれば努力するほど、他人との……力量の差って言うのかな? それがね、分かるんだ。努力すれば努力するほど、放されていく。そしたら、その人以上に努力すればいいって、他人は言うんだ。どうすれば良いの?
「じゃあさっ、いっしょうけんめい生きてみるっていうのを夢にしてみれば?」
「ぼくたちの分も、なんて、偉そうなことは、言わないからさ」
これまでいくら提示されても、何と無く反発してしまっていた夢。けれど今回は、何も反抗できないくらいにすっと、水たまりに水滴を零すようにわたしに馴染んでいった。
うん……そっか、そうだね。
「それでね、やりたいことを見つければ……ううん、いっそ、見つからなくても良いんじゃないかな。お姉ちゃんは自由なんだからさ」
「……うん。そうだね。それを頑張ってみるよ」
「じゃあ、約束、だよ」
「ゆびきりしよっ」
右手を差し出し、三人の小指を絡ませる。二人の指は細くて、白くて、少し震えていた。
「これで……」
「約束……」
「うん」
ありがとう、二人とも。ありがとう。
「じゃあ、そろそろ帰ろうかな」
本当はもっと居たい。でも、これ以上居たらさ、本当に帰り辛くなるから……。
二人が駆け寄り、わたしの体にしがみつき、制服に顔を埋める。
「本当はね、もっと、もっと遊びたかったんだよ」
……うん。
「……ぼくも」
……うん。
制服のお腹のあたりが、少しずつ湿っていくのが分かる。
「あのさ、わたしって今日帰ったら……」
「うん…………もう……来れないんだ」
そっか、なんとなく分かってたんだけど……やっぱり。
「本当に、本当に、帰っちゃう、の?」
これまでとは違い、セイの子どもらしいワガママ。そっちの方が可愛いよ。
二人の頭を順番に撫でてゆく。
「ごめんね……わたしは、やっぱりこの世界の住人じゃないみたい」
少しずつ世界が薄く、霞んでゆく。
しゃがんで、二人の体に腕をまわし、抱き締める。
この世界は、子どもの世界。自分のことを星だと主張するように夜空にぶら下がった星も、流れていることを表しているカラフルな細い帯をつけた流れ星も、イカ型のロケットの一つだけ付けられた丸い窓から手を振るネコも、墜落したように地面に刺さったロケットから出てくる宇宙服らしきものを着た二足歩行のウサギも、マンガにありがちなタコらしき宇宙人も、みんなみんな子供のためのもの。
ピーターパンの世界のもの。
だからわたしは居られない。
大人になれてしまうから。
大人になることを決めたから。
だからわたしはこの世界で存在しちゃいけない。
どれだけこの世界に居たいと望んでも。
どれだけこの世界の住人がわたしのことを望んでも。
この世界にはいられない。
またね、ピーターパン。
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