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8.バイバイ、ピーターパン
久し振りだね、ピーターパン。
暑いね、ヒイ、セイ。セミが大合唱のように鳴いてるよ。元気だなあ。八月だから、当然だよね。あれから一年もたっちゃったんだねえ。……二人は、覚えてるかな?
わたしだよ小鳥遊恭子だよ。あのね、今は一生懸命に生きてるつもりだよ。
大学もね、ちゃんと行ってるよ。親の選んだ大学じゃなくて、自分の選んだ大学に。まあ、少しレベル下げちゃったんだけど……ちゃんと、自分で決めたんだよ。大学はね……楽しい、かな? レポートが多くて大変だけどね。あはは……。
あ、そうそう。わたしねもうちょっとで二十歳になるんだ。といっても、まだ一年ちょっとあるんだけどね。二十歳だよ二十歳! びっくりだよね。つい最近、二人の前で大人になりたくないって言ってたのに、もう成人しちゃうなんて。……二人との差が広がっちゃうね。
「おーい、キョーコ? どこ行ったー?」
男の人のわたしを探す声が聞こえる。
あーあ、来ちゃったかあ。もう少し居たかったんだけどな。
「あ、見―つけた。って……何してんの?」
わたしが、道の端で座り目を瞑って電信柱に向かっているのを見て、男の人が声をかける。
「ん、何でもないよ」
この人はね、シュンって名前なの……あ、付き合ってるとかそんなんじゃないよ。大学の同じ学年で、ただの、友達。今日は買い物に付き合ってもらうんだ。……結局、あれから一度も会えなかったね。これからも、会えないのかな? わたし、ふいに二人の事思い出すんだ。夜、寂しい時とか特にね。そういう時にシュンにメールをすると、電話をかけてくれて、文句も言わずに、わたしが返事しなくても話し続けてくれるの。わたしが大丈夫になるまで。優しい人でしょ。
わたしが立ち上がると、シュンは、電信柱の麓を真剣に睨みつけていた。
「どしたの?」
「いや、何か居るのかと思って……もしかして、キョーコって霊感ある?」
霊感? 何言ってんのこの人。
わたしが堪え切れず吹き出してしまったのを見て、シュンは少し怒ったようにしかめっ面になった。
「ふふ、ゴメンゴメン。でさ、頼んでたのは?」
シュンは、ああと言いながら、持っていた近くのコンビニのビニール袋から、ペットボトルの冷たいお茶をわたしに差し出す。わたしはそれを受け取り、バッグに仕舞い込む。
「これもだけど、もう一つは?」
言われたシュンは、ビニール袋から、缶のオレンジジュースを二本取り出した。わたしはそれを受け取り、蓋を開けて、電信柱の麓に並べて置いた。
「ここって……交通事故とか?」
わたしは、静かに頷く。
「知り合い、だったのか?」
わたしは、首を横に振る。
「知らない、近所に住んでいただけの双子の姉弟だよ」
それを聞くと、シュンは納得できないように首をかしげていた。
「じゃあ、行……」
わたしが振り返りその場から立ち去ろうとしたが、シュンはなぜか電信柱の前から動かない。
「えっと……どこの誰だかは知らないけど……ってそれはお互い様か。えっと……その、きっと、キョーコは大丈夫だっ。今も、これからもしたたかに生きていけるよ。だってよう、今だってこうやって俺を奴隷の様にさ……いや、そう言うことじゃなくてだな……だからっ! 俺が……いや、お兄さんが保証するよ。心配しないで、な。おれに任せてほしいんだ」
……なにか勘違いしてるみたいだけど、まあ良いか。
「何してるの? 暑さで変になっちゃった?」
そう言うと、なぜかシュンは満足そうに、こちらに笑顔を向けた。ね、優しい人でしょ。
「……ありがとね」
できる限り小さな声で、シュンに聞こえないように呟く。
「んー、何か言った?」
聞こえているのかいないのか、シュンが聞き返す。
「何でもないよっ」
シュンに向けた顔はおそらくニヤけていて、嬉しいのを隠せていない。
「さ、行こっか」
「行くって、どこへ」
「だから、買い物だって。ショッピング。前のレポート手伝ったから今日は付き合ってくれるんでしょ」
わたしはシュンに背を向け歩き出した。
じゃあ、そろそろ行くね。ヒイ、セイ。
「手伝ったって、ちょっと資料探して貰っただけじゃ……」
シュンが納得いかなさそうに、ぼそぼそとつぶやく。
「何か言ったぁ?」
振り返り言うと、少し離れてしまったシュンは、小走りに近づいてくる。
「納得いかねえ……」
シュンがまた、ぼそりと呟いた。
さよなら、ヒイ、セイ。
バイバイ、ピーターパン。
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