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「何を話すの?」
本当のことを言うと、わたしは困っていた。
わたしの話す相手と言えば、同世代の女子くらい。しかし、それも今は相手が忙しそうにしているので話すことがない。それ以外で話したのは、最近では担任との進路面談くらいしか思いつかない。思い出してみると最近では、両親とすら、しっかりとした会話をした覚えがない。それ故、この二人と何を話したら良いのかなんて思いつかない。
「おねえちゃんの話が聞きたいな」
最悪の答えだ。隣のセイを見ると、ヒイに同意するように小さくうなずいている。
何を話すのか? 考えろわたし。今日あったこと……学校の授業がつまらなかったこと? いや、だめでしょ、わたし。じゃあ塾での失敗を、ムカつく先生の物真似付きで話す? ……わたしの今日、暗すぎでしょ。いや、毎日か?
そんな事を考えながらも、わたしは逃げ道を考えてしまう。どうやって、相手に話させようかと。
「わたしの話なんて、聞いてもつまんないよ。暗いしさ」
とりあえず、自分の話をしないで済むならそれで良かった。それでも、二人は退くこともなく、
「良い、よ」
「あたしたちは、普通の、ありきたりな話が聞きたいの」
とフォローに似た言葉を言われてしまう。わたしは余計に困るのに。
「それとも、嫌なの?」
ヒイの言葉に、正解です。とは言えず、どうしようかとさらに一層、話題を探す。
「じゃあ、質問しても良い?」
そう。それを待っていたの。回避できたという喜びの感情を隠しつつ、わたしは控え目に頷いた。
「おねえちゃんって、本当は大人でしょ?」
ヒイの質問は、わたしが予想していたものとは、真逆と言っていいほどに違っていた。
「どう、して?」
大人? わたしが大人? どこが、どうして?
「あたしたちに……」
ヒイは、理由を話し始めた。
「会った時にね、あたしたちの名前も聞かずに、何してるのかと、お父さんお母さんついて聞いたでしょ? そういうのって大人っぽいよね。あとね、えっとさっきから、妙に大人っぽいって言うか……その……?」
「――落ち着いてる?」
「そう、それ! 妙に落ち着いてるからさ、大人の人みたいだなあって」
……やめて。わたしを大人というカテゴリーに入れないで。わたしはまだ十七歳なの。十七歳の女の子なんだよ。法律的に見て、成人と呼ばれるまで、まだ三年もあるんだから。
「でも大人って、いつもつまんなさそうに、ぶすっとした顔してる。こんな感じで。もっと楽しそうな顔をすればいいのにね」
言いながらヒイは口をへの字に結び、つまらなさそうにしている大人の表情を真似て見せた。
「お姉ちゃんも、ずっとそんな顔してるから」
言い終わるとヒイは、わたしの答えを待つようにこちらを見つめる。
じゃあ、わたしがいつも、つまらなさそうに大人の表情をしているっていうの? うまくいっていなかったかもしれないけど、二人に会ってからは笑う努力をしてたのに?
そう考えている、わたしの中の堰は、濁流を抑えることができなくなっていた。
「わたしは大人なんかじゃない。大人になんか、なりたくない。毎日見ている大人は、面白くなさそうに、作業のように毎日を過ごしてるか、子どもを皮肉のように自由だって言いながら、縛ったり、あてつけの様に怒ったりするの。ねえ、大人って、なにも楽しいことはないの? 何に縛られてるの? どうして毎日、愚痴のような話で会話を成り立たそうとしているの? それって本当に生きてるの? お母さん、お父さん、学校の先生、塾の講師。そんな大人の見本のように生きてるって主張してる大人よりも、クラスメイトの男子の方が、ずっと楽しそうに生きてる気がするし、なれるなら、そっちになりたいよ。」
濁って淀んだ言葉は、止まるところを知らず、ある一定量になるまで、放流し続けた。
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