勿忘草が咲く頃に

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僕が幼かった頃、その子はよく、僕と一緒に遊んでくれた。 明るい人だったと思う。笑顔がとても綺麗で、似合っていた人だった。この間、結婚の報告をみんなで聞いたときはもっと美人になっていて、思わず僕が告白してしまいそうだったほどだ。 内気で人見知りだった僕を、いつも公園の隅っこの陰で一人、みんなが遊ぶ姿をただ羨ましがりながら眺めていただけの僕を、陽の光の元へと連れて行ってくれた、ヒーローのような存在だった人。仲良くなった後、一緒にお出かけした公園で、おいでおいでと誘われて、小さな青い花を一緒に見たことをよく覚えている。そして…僕の、最初でさいごの初恋の人。いつまで幼少期の思い出を引きずっているのだと言ってやりたいが、どうにも言うことを聞けるほど、この心は優秀ではないらしい。だから、どうにか気持ちはぐっと押さえ、あの人の結婚式場に行った。けれど、事件はその後起こった。早めの解散の少し後の、夕暮れの、薄暗くなった時だった。 _____あの子が、いなくなった。 ちらちらと辺りを見渡すが、どこを探してもいない。ついさっきまで、新郎の夏目さんと幸せそうに笑いあっていたのに、突然、姿を消した。その場にいたみんなにいないんだ、探そうと抗議しても誰一人本気に考えていないのか、いや、初めからいなかったのだとさえ思える程にあっさりと、笑ってじゃあねと帰路に就く。だから、僕は一人で考えられそうな場所は全て探して、探して、探して…。 怪奇現象や神隠しなどは信じていなかったが、この時間だ。もしかしたら、という不安が募り始める。だから、はやく、はやく見つけないと。でもまだ大丈夫。幸いにもここは僕の実家の近くだから、どこに何があるのかはよく知っているという、少しの余裕があったから。幼い頃に見たあの景色と、何ら変わりないもの達があったから。 それから何時間も経った。空には既に太陽は無く、今にも消えそうな電灯だけが僕を照らす。 ___結局見つけられなかった。僕の知っている景色以外のところには行けず、ぐるぐると、僕の知っている場所だけをずっとまわらされた気分だった。そして、ふと、考える。 あれ、なんでこんなところにいるんだっけ? 一瞬消えかけた記憶をそうだ、あの子を探しにきたんだと思い出させ、無くなりかけた意味をあると言い聞かせ、だがまた思ってしまう。 あの子の顔が思い出せない。 駄目だ駄目だ、僕まで忘れるわけにはいかないと、必死になって思い出す。けれどこの時、すでに一番大事なことはもうすっかり忘れていた。 そういえば、あの子の名前って、なんだっけ? 結局、何をしていたかも忘れ、僕は真っ暗な中自宅に帰った。 何とも言えない脱力感が僕を襲う。ちらりと横を見ると、つけっぱなしにされたテレビがニュースを報じていた。誰かの啜り泣く声も、テレビの前のソファー辺りから聞こえたが、既に疲れきっていた僕は、何か悪いことでもあったのかと、何事もなかったかのようにアナウンサーの声に耳を傾けた。 「______会社員の佐藤怜さんは友人の結婚式へと向かう途中、事故にあい、急いで病院へ搬送されましたが、その後、死亡が確認されたとのことです。警察ではこの事故について_____」 目を、見開いた。 何で僕の顔がそこに映っているんだ。確かに僕は結婚式を見て…みてた、みてたはずなのに、なにも、おもいだせない。朝、失恋した悲しみの中、交差点を渡るまでは、夕暮れ時からの記憶はしっかりと残っているのに、そこまでがすっぽりと消えている。現実を受け入れることが嫌で、それでもそれを受け入れた時、ストン、と腑に落ちる。 何だ、いなかったのは……。 数年後、仲睦まじそうな一組の家族がその公園へとやってきた。 「お母さん!このお花はなんていう名前なの?」 小さな手で青い小さな花に指をさし、母親に聞く。 「う〜ん、ごめんね。お母さんもわからないや」 「そっかぁ…じゃあ次は、あれ!あれは?」 だが、花に特別詳しいわけでもない母親は答えることができず、眉を下げるが、子供の興味はすでに別の花へ向いており、申し訳なさそうにする母親の手を引いて、その花の前を通り過ぎた。 思い出のあの公園で、勿忘草がそっと風に揺れた。
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