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「ん?貴様、今日は挨拶に来ると聞いておったが。」
「あ、は、はい!あの、おと、いや、おじ、いや、ご挨拶に!」
順平は緊張のあまり、しどろもどろだった。
京子の父は順平を、恐怖の眼差しで上から下までじろじろ見まさぐった。
そしてギロリと視線を決め直すと、顎に手を当てながら順平に言った。
「貴様・・・鼻毛が伸びておるではないか!」
「え?あ、鼻毛・・?」
「大事な挨拶をする時に、鼻毛が出ているやつなんぞ信用できるかー!」
再び、激しい音を立てて玄関の引き戸は閉まった。
嵐の後の静けさの中、順平は固まっていた。
順平は味わったことのない恐怖に、何も考えられなくなっていた。
そんな緊迫した空気の中、カミナリ親父に慣れた京子が、呑気に言った。
「あらら。鼻毛が出ていたか~。てへぺろって感じだね。」
その一言で、順平の静止した世界は動き出した。
「そそそ、そんな、呑気になれる怒り方じゃなかったんですけど~。見て。震えが止まらない。心に深い傷が残ったよ。確実に!」
「まあまあ、落ち着いて。次があるさ。」
「いや。もう無理。無理に濁点を付けるほど無理。ヴヴィ!」
怯える順平をどうしたもんかと考えて、あ、そうだ、と京子はアレのことを思い出した。
「じゃあ、アレを押してみなさいよ。」
「アレって?」
京子は両手の人差し指の指先で、空中に小さい半円を描きながら言った。
「リセットボタン。」
「え?この冗談グッズを?」
「冗談でもなんでも、カチッと気持ちを切り替えてよ。結婚する前からそんな調子の人に、私、人生預けられないよ!」
京子の、「人生」という言葉に順平はハッとした。
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