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発覚
「ウェディングフェア?」
「そう。ものは試しで、一回行ってみようよ」
大樹は当たりをつけているらしいページを開きながら、そう提案してきた。
土曜の夜、大樹は当然のごとく、萌の部屋にいた。
最近は平日休日問わず、かなりの頻度でやってくる。
彼の荷物もだいぶ増えて、半同棲状態だ。
こんな生活をしていることもあるから、そろそろ家族に彼の存在を話そうかと思ってはいるものの、まだ踏ん切りはつかなかった。
もし、大樹に裏切られたら。そう思うとどうしても戸惑ってしまうのだ。
萌の結婚を待ち望んでいる両親を、喜ばせて、悲しませるようなことはしたくなかった。
その一方で、大樹の両親とは何度か会っている。
家に遊びにいったついでに、食事をご馳走になった事もある。
彼のお母様は、息子の彼女を紹介されたことが嬉しいらしく、いつでも良くしてくれた。
萌はそれに甘えないよう、出来る限りきちんとして気を遣ったつもりだったが、それでもたまに失敗してしまう。
けれどそんなことも温かく包んでくれるような女性だった。
家の中はいつでもきれいに片付いているし、料理も上手い。
裕福さを鼻にかけることもしないし、息子を必要以上に自慢することもない。優しさと賢さも兼ね備えた、まさに良妻賢母だ。
彼女が築き上げた柔らかな雰囲気の家庭が、大樹の穏やかさと優しさを育んだことがよくわかる。
ただ、唯一の欠点は、息子に甘すぎることだろう。
「余計な出費はさせたくなくて」
生活費の話題になったとき、彼女は苦笑しながらそう言った。
三十近いというのに、大樹は一度たりとも親に対して、支払いというものをしたことはないらしい。
車の維持費も、食費も、全て親依存なのである。
大樹自身、そのことは世間的におかしいということはわかっているらしく、決して公言はしていない。
「払わなくっていいって言うから、つい」
頭をかきながらそう言う息子を微笑ましく眺める母親を、萌は引きつった顔で見てしまったかもしれない。
息子の将来のための親心だとしても、少し行き過ぎのような気もする。
萌自身は大学を卒業した時から、仕送りこそしていないが、一切の自分の面倒は自分で見ている。
親に頼ったのは、マンションの保証人になってもらった時くらいだ。
特に裕福でもない一般家庭に育ったからと言えばそれまでだけど、親に頼りきりなのはどうかと思う。
さすがにそんな自論をその場では披露しなかったけれど、いつか大樹には告げようとは思っている。
「ほら、見てよ。模擬挙式も見られるし、試食もあるんだってよ」
浮かれ気分の大樹に、ようやく萌も触発されてきた。
どれ、と指差す箇所を見てみれば、そこは今度祥子の結婚式が行われる会場だった。
「ここは、ないな。祥子さんと被っちゃうもん」
「そうなのかぁ。じゃこっちは?」
いつの間に目を通していたのか、候補はいくつかあるらしい。
大樹なりに、萌との未来を真剣に描いてくれていることは間違いないようだ。
「いいんじゃない?私、予約しとくよ。いつがいい?」
「土日ならいつでもいいよ」
ためらいなくそう言った彼に、萌はいつもと違う何かを感じた。
なんていうんだろう。
何かが吹っ切れたような爽快感らしきものが垣間見えた気がするのだ。
「わかった。じゃ、一番早いのでいっか」
萌はそう言いながら、注意をパソコンへと移した。
該当のウェブサイトを開いて予約画面へと進む。
と、画面下に大きく映った広告に目が留まった。
萌が以前に調べたレストランが三つほど並んで表示されている。
「そうだ。この前の店のサービス券、いつまでだっけ?」
「ああ。わかんないや。そこに財布あるから探してみて」
「オッケー。ちょっと、こっちよろしく」
了解、と大樹が告げるのを背中で聞きながら、彼の財布をあさってみる。
見ていいと言ったのだから、当然怪しいものなんてあるわけが…
「なにこれ」
萌が見つけたのは小さな紙切れだった。
表面が薄い緑色のこれは、銀行振り込みの明細書に違いない。
日付は三日前。
その振込先名に、萌は頭を鈍器で殴られたような衝撃をくらった。
イマダリエ 100,000円
見慣れない名前だが、萌はそれを知っていた。
りいちゃん。そう大樹が呼ぶ、あの女だ。
「大樹、これ」
「ん?」
萌が紙切れを突きつけると、大樹の顔はみるみる青ざめていく。
「ちょ、それ、あ、返して」
大樹はそう言って手を伸ばしてきたけれど、萌はそれを力いっぱい叩き落とした。
パシッと乾いた音がやたらと大きく聞こえた。
視界がだんだん不透明になっていく。
萌は瞬きをして水滴を払うと、大樹を思い切り睨み付けた。
「どういうこと?」
地の底から出てきたかのような低い萌の声に、大樹は体を縮こませた。
数十秒間の無言タイム。萌は黙って彼の答えを待った。
いつものように、彼が謝りやすいようなアシストはしない。
しばらくして大樹がおそるおそる声を発した。
「銀行の振込明細だけど」
「そんなことわかるよ。どういう用途って聞いてるの」
「生活費が、少し足りないって言われて」
「なんであんたが払うの?」
「いや、頼まれたから」
「どんな義務があって?」
「それは、ないけど」
萌の口調がどんどんきつくなる。
反対に大樹の声はますます小さくなっていった。
「十万ってさ、かなりの大金だよ。私だって生活費にそんなに回せない」
「いや、でもさ。あっちは、こどもいるし」
「あんたの子どもだっけ?」
「違うけど」
萌はぎりぎりと歯を噛みしめる。
突沸を起こした怒りに、自分でも対処不能になりそうだ。
「とにかく、説明して」
出来る限り冷静に言ったつもりだったけれど、実際はかなり感情的だったらしい。
壁に反響して聞こえた自分の声は、かなり怒り狂っていた。
大樹の主張をまとめるとこうだ。
彼は萌と結婚を意識していることを、女に伝えたらしい。
彼女は一瞬、息を飲んで驚いた様子を見せたが、すぐに笑顔を作って祝福してくれた。
そしてこれまで通りは会えないことを告げると、いきなり泣き出したというのだ。
「ダイちゃんがいないなんて考えられない。会えないなんて無理だよ」
彼女はすすり泣きながらそう言って、大樹に抱きついた。
「あのね、言っちゃいけないと思ってずっと黙ってたけど。私は、ダイちゃんが好きなの。一生一緒にいたいと思ってる」
「りいちゃんには、あいつがいるじゃん」
「いや。ダイちゃんがいい。ダイちゃんじゃなきゃダメなの」
そう泣きつかれては、突き放せないのが大樹だ。
彼なりに意を決してのことだったのに、心が揺れてしまう。
「ごめんね」
「いや。絶対離さない」
彼女はそう叫んで、大樹の胸で泣き喚いた。
困り果てた大樹は、しばらく考えさせて欲しいと頼んだのだった。
「少しの間だけでいい。りいちゃんと会わない、冷却期間を置かせてくれないかな。そこでもう一度結論を出すから」
大樹の意図としては、その間に彼女がパパと復縁することを願っていた。
そうして二組が別々の道で幸せになる。これが最善だ、と。
今回の振込は、そうして置いた冷却期間中のことだった。
会ってやれない分、生活が苦しくなるのはしのびない。
だから生活費を送金した。これが彼の言い分だった。
「結果として、萌に悪いことをしているのはわかってる。でも他に方法が思いつかなくて」
大樹はかすかに震えながらそう言った。
俯いているから表情はわからないが、もしかしたら泣いているのかもしれない。
だが、萌としては、彼のそんな言い訳を聞いたところで気持ちが鎮まるものではなかった。
彼女がしたのは、ATMを離さないための泣き落としに決まっているからである。
それを見破りもせず、暢気に金を渡してしまう彼には呆れてものも言えない。
「…寝る」
「おやすみ」
捨て台詞を吐いてベッドに倒れ込んだ萌に、大樹はいつものようにそう言った。
居座るつもりらしい彼に、帰れと怒鳴る気力もない。
しばらくして大樹が部屋の電気を消した。
彼なりの気遣いなのか、今日はさっきまで二人で話していた床に寝るようだ。おやすみと呟いた彼の言葉を無視して、萌はひたすら血が上り切った頭を静めることに集中した。
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