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再会
何だかんだと話をしていたせいで、萌が自宅に着いたのは昼前だった。
今日は土曜日。休日出勤の予定もない。
一日中寝て過ごしたところで、誰に文句を言われることもない。
もう一眠りしよう。
そう思いながらエントランスを入ったところで、これまた信じがたい人物に出会った。
「だいき」
反射的に名前は出てきた。
でも今の状況が信じられなくて、萌の目は大きく見開かれる。
「なん、なんで?」
「久しぶり。ずっと連絡してなくてごめん」
頭の中は大混乱。
今日は今までの人生で一番目まぐるしい日かもしれない。
「ごめん、ちょっとシャワー浴びてくる。その辺座ってて」
「うん。急に来てごめんね」
「友達とオールで飲んでてさ、そのまま泊まらせてもらっちゃったから」
聞かれてもいないのに事情をペラペラと話してしまうのは、山田の部屋にいたことがなんとなく後ろめたいからだ。
「…珍しいね。そんなに飲むの」
「あはは。久しぶりだったから、弾けちゃって」
取り繕ったような乾いた言い訳だ。
勘の良い人なら何かを察してしまうだろうが、多分大樹にそんな技術はないだろう。
頭からシャワーを浴びながら、萌は心臓がバクバクするのを感じた。
今更、何の用がある?
今まで何の連絡もなかったのに。
嬉しさ、怒り、混乱。
萌自身、どこに感情が向かっているのかわからなかった。
けれど、こうなったからには向き合うしかない。
萌は最大限に強めたシャワーを顔に当てて、気合を入れた。
大樹はずいぶんと他人行儀な風で、きちんと指定された場所に座っていた。
いつもなら勝手に飲み物でも出してくるのに、今日はそんな気配すらない。
「お待たせ。どうしたの?」
濡れた髪をタオルで乾かしながら、萌はつらつらと決めていた台詞を告げた。それがばっちり決まったことで少し落ち着きを取り戻す。
そこでようやく相手をちらっと観察した。
大樹は少し、いや、かなりやつれている。
「連絡、ずっとできなくてごめん」
「…くれるつもりあったの?別れる前提の話かと思ったけど」
「そんなことは言ってないでしょ。距離を置いて考えたいって言っただけだよ」
「でも、それってそういう意味にしか取れなかったけど」
「誤解させたんなら謝るよ。ごめんね」
大樹は気落ちした様子で頭を下げた。
なんとも居心地が悪くなって、萌はつっけんどんにこう言った。
「もう、いいけど。で、このタイミングで来たわけは?」
「…情けない話なんだけど、俺さ、事故って入院してたんだ」
「はぁ?事故?いつよ?」
思わず大声が出る。
それに気圧されたように、大樹は弱弱しく微笑んだ。
「萌とあの電話した後。なんだか落ち着かなくて、車飛ばしてたときに、ドーンと」
「それで怪我は?」
「うん、最初は意識不明だったみたいだけど、なんとか生還しました。けど事故の衝撃でスマホのデータ吹っ飛んじゃってさ。俺の周りで萌の連絡先知ってる人いなくて、伝えようにも伝わらなかった」
唖然とするとはこのことだ。
まったく思いもつかなかった事実に、萌は口をあんぐりと開けたまま動けなくなった。
「会社も休職してたんだけど、来週から復帰する」
「だから、一回も会わなかったんだ」
「だね、ずっと病院と家にいたから。手紙出そうにも正確な住所わかんないし、体も思うように動かなかったから、どうすることもできなくてさ」
「無事で、良かったね」
とんでもない事態に、萌はそう告げるのが精一杯だった。
「ありがと。それでさ、時間だけはやたらあったから、色々考えたんだ。萌とのこと」
…。
何を言いだすつもりだろう。萌はついつい身構えた。
「あんなこと言っといて、都合良すぎるだろうけど。俺は、やっぱり萌と一緒にいたい。どうだろう?」
「大樹…」
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