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は、は、と肩で息をしながらなんとか病院に駆け込んだ。
「す、すみません! あの、に、西谷……いや、二○三号室はどこですか!?」
勢いそのままにナースステーションへと飛び込むと、看護師の女性がぐっと眉根を寄せる。正直怒られることを覚悟していたのだが、彼女は静かに立ち上がると「ついて来なさい」と言って歩き出した。
「……平井翔太くんでしょう? 息子から話は聞いてるわ」
「えっ?」
「本当は家族以外面会謝絶なんだけどね。目を覚ました彼女、あなたの大事な人なんですって? だから今回だけ、特別よ」
〝篠田〟と書かれたネームプレートを見てようやく気が付いた。アイツ、俺が西谷と面会出来るよう母親に連絡しておいてくれたのか。さすが持つべきものは親友である。
「先生の診察も終わったばかりでご家族の到着もまだだから、会うなら今がチャンスよ。頑張って」
コンコンと二回ノックして、扉を開く。
ベッドの上には点滴に繋がれた華奢な女性が横になっていた。頭にはぐるぐると包帯が巻かれ、肌は赤黒く腫れ上がり、所々傷が付いている。顔に傷が少ないのが不幸中の幸いだろうか。つーか、今更になって不安になってきたんだけど。西谷は俺のことを……いや、今日一日の出来事をちゃんと覚えているのだろうか。うっすらと開いた瞳と目が合い、俺はヒュッと息を呑む。彼女の薄い唇が、小さく動いた。
「……翔ちゃん」
掠れたその声にぐっと胸が詰まった。俺は溢れそうな涙を誤魔化すように口を開く。
「……お前、死んだんじゃなかったのかよ」
「第一声がそれってひどくない?」
西谷が小さく笑った。俺の声が震えていたのに気付いたのかもしれない。
「死んだと思ってたんだけどね。私、けっこう丈夫だったみたい」
ボロボロの体で、西谷はまた笑った。
「婚約者と別れた夜だったの。事故にあったのは」
「……え?」
「あっ、でも勘違いしないでね。親が勝手に決めた結婚で、お互い乗り気じゃなかったの。だからとっても円満な婚約破棄だったのよ。でも、親不孝者ってバチが当たったのかな? その夜、歩いて帰ってたら車に轢かれちゃった。横断歩道の信号はちゃんと青だったのに、車がすごい勢いで突っ込んできたの。全身痛くて動けなくて。ああ、私死ぬんだなって本気で思った。死ぬんだって思ったらね……平井くんの顔が頭に浮かんだの。会いたいなって。最期にもう一度だけ、ずっと好きだった平井くんに会いたいなって強く思った。そしたら本当に平井くんに会えたんだもん、びっくりしちゃった。神様って本当にいるんだね。高校生の時は恥ずかしくて全然話しかけられなかったからさ、今回はすごく頑張ったんだよ? 後悔を残さないように、平井くんと楽しく過ごしたいなって、思って……」
西谷はそこで言葉を切ると、一度目を閉じた。
「……覚えてるよ。平井くんと一緒に出掛けたこと。平井くんと話したこと、全部、ぜーんぶ。……ありがとう。私のお願い叶えてくれて。平井くんはやっぱり昔と変わらず優しいね」
そう言って目を開く。俺を見て、ニッコリと笑った。
俺は西谷の細くて小さな手を包み込むようにギュッと握る。……温かい。ああ、生きている。西谷はちゃんと生きてるんだ。今度こそ、離さない。
「なぁ。退院したら映画観て、おしゃれなカフェでパンケーキ食って、ゲーセン行ってプリクラ撮ろう」
「え?」
「SNSにぼっちの可哀想なオッサンって書かれないように、今度は全部、ちゃんと二人で。なぁ……亜希」
「……うん……うん! 行く! 行こう、翔ちゃん!」
俺たち二人の関係は今、ここから新しく始まるのだ。
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