消えたのは、

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 不思議とその提案に反対する人間はいなかった。まぁ暇だし良いだろうと思った者と、場の空気を読んだ者しかいなかったのだろう。実際、会社の中なのに真っ暗闇、という特殊な環境は、そういうことをするのに持ってこいな気がした。  同じ部屋にいた七人が、示し合わせたように少しだけお互いの近くに寄る気配がした。点いていたスマホの明かりが二つ消えると、互いの顔を確認することもできない闇ができあがる。  それじゃあまずは私が、と言う声は前方から聞こえてきた。異を唱える声もなく、静かに『怖い話』が始まった。  最初の話は、人形が人を呪う話だった。そこからなんとなく時計回りに話し手が入れ替わり、次の話は交差点で立ち尽くしている女の霊の話。そしてその次で自分の順番が回ってきたため、高校の時に保健室で寝ていたら、ベッドの下からじっと誰かに覗かれた、という話をして、次に回した。  ――困ったなぁ。  順番が回ってきた彼は、まずそう言った。 「何が困ったんですか?」 「怖い話って、何を話せばいいものかなぁ、って。言ってしまえば、誰が隣にいるのかも定かじゃない今のこの状況だって、怖くないですか? というか、真っ暗が怖いですよね。自分でも気づかない内に隣の人が別の人になってたり、知らない世界に迷い込んでたって不思議じゃないですよ。まだ明かりのある夕方ですら、誰そ彼と言うくらいですから」 「あはは、ちゃんと隣にいるのは私ですよ」 「ああ、それは良かった。安心です」 「あれ、もしかして怖いの苦手なんですか?」  そう尋ねる声に、いえ、むしろ好きですよ、と彼が答える。 「何が起きても不思議じゃないので、好きですね。今は単に、何の話をすればいいのか、考えているだけで……うーん」  そこで不意に彼が、ああ、と声を上げた。 「……ひとつ、ぴったりな話があります。怖い話。しかも体験談ですよ」 「へぇ」  右前方の方で誰かが感心したような、呆れたような、どっちともつかない声で相槌を打った。顔が見えないだけで、相手がどういう感情を持って言葉を発しているのかを把握するのが、こんなにも難しいものかと少し驚いた。  しかし体験談ときたか、はてさてどんな話をすることやら。  左隣の彼がいるであろう方向に顔を向けると、彼が穏やかな声で話し始めた。
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