消えたのは、

8/10
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
 ――と、こういうことがあったんです。  そう彼が締めくくり、誰かがほうと息を吐いたのが聞こえた。  語り口に思いのほか臨場感があり、子供の頃の彼が感じただろう恐怖が、少しだけうつったような気がした。ただの暇つぶしだったはずだが、こうしてみると、涼を得るという意味でも良い選択だったのかもしれない。  子供のころの経験、と言っていたが、まさか本当のことではないだろう。今、即興で考えたのだろうか。だとしたら、大した構成力だ。矛盾しないように即興で考えて語ることの難しさは、自分もついさっき体験したからよく判る。 「それにしても、良かったですねぇ」  ふと、誰かがそう言った。不思議そうな声で彼が返す。 「何がですか?」 「いえだって、実体験ってことは、そういう怖い目にあったわけで。でも、何事もなく終わったわけじゃないですか。だから良かったですねって、そう思ったんですよ」  暗くて顔が見えないから表情は判らないが、どこか面白がるような声だった。わざわざ自分の経験談である、と断りを入れたことをからかっているような感じだった。  喧嘩を売るという程のものではないが、彼は気分を悪くしないだろうか。そう思ったのに反して、彼は特に気にした風でもない声で相槌を打った。 「ああ、なるほど」 「しかもその時はまだ小さかったんでしょう? 大人だってそんな目にあったら怖いでしょうに、大変でしたね」 「まぁ、そうですね。大変です。でも、今は流石に慣れましたよ」  さらりと返した彼の言葉に、おそらくその場の誰もが疑問を抱いた。  その返事はなんだか、少し、――おかしくはないか?
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!