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――と、こういうことがあったんです。
そう彼が締めくくり、誰かがほうと息を吐いたのが聞こえた。
語り口に思いのほか臨場感があり、子供の頃の彼が感じただろう恐怖が、少しだけうつったような気がした。ただの暇つぶしだったはずだが、こうしてみると、涼を得るという意味でも良い選択だったのかもしれない。
子供のころの経験、と言っていたが、まさか本当のことではないだろう。今、即興で考えたのだろうか。だとしたら、大した構成力だ。矛盾しないように即興で考えて語ることの難しさは、自分もついさっき体験したからよく判る。
「それにしても、良かったですねぇ」
ふと、誰かがそう言った。不思議そうな声で彼が返す。
「何がですか?」
「いえだって、実体験ってことは、そういう怖い目にあったわけで。でも、何事もなく終わったわけじゃないですか。だから良かったですねって、そう思ったんですよ」
暗くて顔が見えないから表情は判らないが、どこか面白がるような声だった。わざわざ自分の経験談である、と断りを入れたことをからかっているような感じだった。
喧嘩を売るという程のものではないが、彼は気分を悪くしないだろうか。そう思ったのに反して、彼は特に気にした風でもない声で相槌を打った。
「ああ、なるほど」
「しかもその時はまだ小さかったんでしょう? 大人だってそんな目にあったら怖いでしょうに、大変でしたね」
「まぁ、そうですね。大変です。でも、今は流石に慣れましたよ」
さらりと返した彼の言葉に、おそらくその場の誰もが疑問を抱いた。
その返事はなんだか、少し、――おかしくはないか?
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