6.水平線

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「一つずつ君がどれだけ綺麗か説明しようか?」 「何て? タイガ、本当に正気じゃないぞ」 イラは思わず聞き返す。タイガがそういう冗談を言うタイプに見えないし、冗談を言ってる顔でもない。至極真面目な表情で言っている。 さっきはその場の流れで『正気じゃない』と口にしたけれど、本当に正気じゃないかもしれない。 「口を開かなければ何も知らずに育った生贄みたいなのにね、君」 「それ褒めてる? 半分貶してない?」 「褒めている。最上級」 「ああ……そう。もういいや、行こう」 イラが歩き出す、とタイガが歩調を合わせて横に並ぶ。 Ωの収容施設から出た時に向かった街は重苦しい雰囲気だった。が、ここは違う。物流の中心だからなのか、それとも土地柄なのか。細かい水路を舟が行き交い、水路沿いに人々がやり取りを交わしたり小さい露店が並んだりと賑やかだ。 山の中、それも標高が高い所で育ったイラには本当に馴染みのない世界だ。 昨日もずっと舟を眺めていたが、今日一日眺め続けていても飽きないだろう。 いつの間にか歩く速度が落ちて、ふらふらと歩きながら水路の様子を眺めていた。 「気になる?」 「そりゃね。俺が育ったところ、小さい湖みたいなのはあったけどさ。全然、船とかは行き来できない大きさのやつ。なあ、タイガは海、見たことある?」 「あるよ。親族が…例のブローチをくれた祖母が海の近くに住んでいて、よく遊びに行った。お祖母様は俺のこと可愛がってくれて、居心地が良かった」 タイガが少し笑みを浮かべる。親族の話をしている彼が、こんな穏やかな表情をしているのをイラは始めて見た。 タイガにとって家族の話は間違いなく地雷原で、期待されなかったことやぞんざいに扱われていたことが間違いなく彼のαらしくない人格を形成した原因の一つになっている。イラが始めて出会った頃のタイガは両親に愛されないことに対して苦しんでいた。 幼い頃のタイガを可愛がってくれていた人がいてくれたことが初耳だけれど、単純に良かったなとイラは思った。 「優しい人だったんだ?」 「そうだよ」 「俺には祖父さんとか祖母さんとかいなかったから、ちょっと羨ましいかも。でも俺は……たぶん親には愛されてたから、まあいっか」 「君のお父様、君とそっくりなんだっけ?」 「え? あーそうそう。そういや、そんなこと前に話したな」 マキとは怖いくらい似ている。自分が年を重ねたらこうなるんだろうな、と思えるほどに。性格も似ているのかもしれない。マキのほうがイラの数百倍尖っていて扱いにくいだろうけれど。 「いつか挨拶に行ったほうが良い?」 「父さんに?」 「……ごめん、気にしないで欲しい。よく海に遊び行った、だから多少泳ぐのは上手いよ」 誤魔化し方が致命的に下手くそだ。が、イラはその話にのることにした。
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