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大きな鏡の前に立たされる。
癖のある黒髪に、翡翠を溶かして凝縮したような濃い緑の瞳。そして困惑した表情の少年が写っている。
傍に二人の女性。手際よく髪を整えて、服を着せ替えていく。
イラは助けを求めるように、何処もかしこも眩しい部屋の隅に視線を向ける。マキは腕組みをして壁にもたれ掛かりこちらを見ていたが、すっと目を伏せる。その隣に立っている例のα…名をジェイというらしい、は完璧としか言い様のない穏やかな笑みを向けてくる。
誰も助けてはくれないらしい。
「イラ様、鏡の方を向いて下さいませ」
優しく顔を真正面に向けられる。
どうやら諦めるしかないらしい。いや、とっくに諦めなければならない状況だった。
適齢期を迎えたαとΩの社交界がある。
そこに出て欲しい。
ある日、村にやって来たジェイはそう言った。Ωである者の義務だとも。
いつもはイラに味方してくれるマキも、無表情で黙っていた。そこで拒否権はないのだとイラは悟った。
その後のことはあまりにも目まぐるしすぎて、イラはあまり覚えていない。マキに付き添われ初めて下界に降りた。見たこともない街や初めて会う人、御領主様の屋敷が小屋に見えるような貴族達の居館。
あまりの情報量の多さに溺れそうだ。
そんなこんなで社交界の日を迎えた。
着せ替えごっこが終わると、ジェイと女性達は部屋をいそいそと出ていった。
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