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思考に耽っていたせいで、ずっと声をかけられているのに気付かなかった。肩を叩かれて、ようやく顔をあげて振り返る。
「もしもーし。聞こえてますかー。聞こえてそう。やっほー」
そこにいたのは、見知らぬ青年。軍服を纏っているが、どうにもその服が似合わない。青年の持つ華やかな雰囲気にあまりにも合っていない。
「聞こえてる…けど…」
肌が透けるように白い。ふわふわとした茶髪が可愛らしい。大きめの形の良い目がじっとイラを見つめている。なんだか小動物みたいなヤツだ。
当然、軍に知り合いはいない。だから、こんな風に気安く声をかけてくる人物に心当たりはない。
青年を上から下まで見つめていると、イラの目が青年の首もとで視線がとまる。
「あんた、Ωか」
「正解です、ぴんぽーん」
青年は首に巻いた銀のチョーカーを細い指でなぞる。細かい装飾が施された、薄い緑の宝石がついたもの。
この青年にも婚約者がいるということ、だ。
「長官にΩの子が来るからお部屋に案内してあげてって言われたから探してたんですよ。良かったんです、庁舎の前にいてくれて」
「あー……ごめん、なんか手間掛けさせた」
「君を引き留めておかなかった長官がわるいのです、気にするんじゃないってことで。行こっか、道中でお話ししようね」
青年はイラの手をとると、歩き出す。引きずられるようにしてイラもついていく。青年はこの辺りの地理に詳しいようで、迷路のようにしか見えない街並みをすいすいと迷いなく進んでいく。
街並みに気を取られている暇もない。イラよりも青年の方が背が高く、どうしても歩幅が合わずにずっと手を引かれて追いかけている。
「ちょっと、名前は!? ちょっと待って!! 一回手を離して」
青年がピタリと足をとめる。
「そうでした。僕が君の名前を知っていたから、君も僕のことを知っていると思っていたのですね。
僕はスズミ、うん。スズミかな?」
「かな? って、なんで」
「あまりしっくりこないもので。最近この名字になったんですよ。うん、しっくりこないので、アルで」
「わかった」
「ゆっくり歩きますか。そうしましょう」
アルは一人で勝手に納得すると、イラの手を離して歩調を緩めて歩き出す。
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