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「あ、もしかしてちょっと引いてしまいました?」
「ちょっとというか…だいぶ」
「正直ですね、イラ」
アルはクスクスと笑う。イラは間違いなく戸惑いとか若干の嫌悪とかそういう類いの表情をしているはずだが、アルは嫌な顔一つしない。これはかなり手強い人間かもしれない。
「僕のことを嫌いにならないで欲しいのです。ところでところで、イラの婚約者はどんな人、です?」
アルの視線がイラの首元に注がれる。
一般的に、宝石のついたチョーカーはαの婚約者がいる証。この石自体はタイガから贈られたものだが、チョーカーに付け替えたのはマキだ。
マキが何を考えてこういう行動をとったかイラにはわからない。見た目や気の短さはマキと瓜二つだが、単純な部類のイラと違ってマキにはある種独特な思考回路がある。
タイガは『また会うための約束』としてこの石のついたブローチをくれた。けれど、それが婚約とかどうとかそういう意図があるものなのかはイラにはよく分からない。
いや、タイガが病的に自分に入れあげていることは知っている。じゃあタイガは婚約者なのか? そう自分自身に尋ねてみるけれど、堂々と『はい』と言えるほどにはしっくり来ない。
タイガのことになると、イラの思考はぐるぐると回る。それは昔も今も変わらない。あの少年のことを考えていたときもタイガのことを考えるときも、いつも答えのでない問いかけに迷っている。
イラが何も答えないので、アルは面白そうにイラの顔を覗き込む。
「恋する乙女の顔、です?」
アルの言葉に頭を殴られたような衝撃を受けて我に返る。何をどうしたら『乙女』になるんだ。
「はあ?」
「ふふふー、わかっちゃうのです。イラは随分、その人に入れ込んでる、のですね」
「な、なな……そんなわけ」
「隠さなくても良いのですよ。ちょっとしたつもりでふった話を、とっても真剣に考えてるんですからー、それは熱心と言わずになんと言うのでしょう」
アルの言葉におかしな声が出そうになる。
怒りではない。ただただ恥ずかしい。許されるなら、この場から走って逃げたい。そんな気分だ。
ついさっき会ったばかりの人間に何がわかると言ってやりたいが、アルの言うとおりことあるごとに『タイガにご執心』な自分がいるのは否定できない。
イラは、目の前にいるΩには色んな意味で勝てないと思い知らされた。
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