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勝てないならさっさと降参してしまった方がいい。
「あんたが想像してるのとはたぶん違うだろうけどさ」
「ほう。なんでしょう?」
「名前も知らないαにさ『いつか迎えに行くから待ってて』って、これ渡されたんだよ。それで俺も馬鹿みたいにさ10年も待ってたんだ……本当に馬鹿だよな」
無意識に右手の指がチョーカーについた宝石を弄ぶ。この10年で染み付いてしまった癖。
人工の光が満たすこの場所では、赤の濃淡が変わるだけだ。タイガの瞳と同じ色にはなり得ない。
「言い換えると一途、なのです」
「……良いように言うとな。でさ、最近そのαに再会した。そいつ、変わらず俺のこと好きなんだってさ。めっちゃ真剣に」
「ほう。それはそれは。相当ふかーい因縁があるのですね。うーん、因縁というか運命かも、です。俗に言う『運命の番』なのですよ」
運命の番。
出会ったときからお互いがお互いに番になるべきだとわかるとかなんとか。イラにとってはそんな認識だ。
血統と家柄が支配するαとΩの堅苦しく自由のない婚姻の歴史の中で生まれた妄言。大半のαとΩがそういう認識をしている。そんなことをマキが言っていた。
アルは随分とオカルトや迷信染みたことを言う。本気で運命の番なんていうものが存在していると信じているなら、かなり珍しい類いの人間だ。
「運命、ねえ」
「……イラ。僕は別に脳内がお花畑とか、そういうことは無いのです。運命というと馬鹿げてるのですが、遺伝子的にと言えば信憑性ないです?」
アルが何を言わんとしているか、イラにはよく分からない。ただただ首を傾げる。
「つまりです。αはたぶん自分と相性の良いΩを見つけることが出来るのです。僕達Ωには全然わからないことなのですけども」
「……つまり?」
「例えば、あるαには麻薬並にフェロモンが届くけど別のαにはそうでもない、みたいなのです。おそらくフェロモンに過剰反応したαはそのΩと相性がとっても良いのですよ。イラ、心当たりあると思うのですよ」
「心当たりね……」
一個だけある。タイガだけはイラに対してはっきり『甘い匂いがする』と言っていた。
他のαから言われたことはない。匂いがするけれど、あえて何も言わないだけかもしれない。
アルの言うとおり、真実はΩにはわからない。ΩはΩのフェロモンを一切感知できないから。
「一回だけ甘い匂いがするって言われた、これくれたヤツに。他では言われたことないけど」
「だからきっと運命なのですよ。僕らは何にもわからないのですけどね。僕らはαの誰が運命だとか知る方法無いのですから」
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