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タイガが自信を持って『上手い』だとかそういうポジティブな発言をすることは少ない。自己肯定感がマイナス方向へ突っ切っている。
そんなタイガが多少、なんて言うのだからかなり上手いに違いない。
「いいじゃん、自信もてよ」
「ええ、でも……クライミングほどは上手くないし」
「得意なことは1人1個だけって決まりはねーぞ。そもそも俺よりは絶対に泳ぐのは上手いんだからいいじゃん」
「もしかして泳げない?」
「泳いだことない」
「なるほど。あはは、俺たち、本当にお互いのこと全然知らないね」
十年も前から知っている。でも知っているだけ。タイガの言うようにお互いのことなんて殆ど何も知らない。何が好きか嫌いかだとか、何が得意とか、そんな些細なことすら知らない。
本当に変な関係だ。あの日にした約束だけがずっと二人の間を繋いできた。何故か二人とも馬鹿みたいに約束を信じていた。純粋といえばいいのか愚かしいといえばいいのかわからない。でもきっと、奇跡だ。
アルと昨日話たことをイラは思い出す。
運命の番。遺伝子的にどうのこうの、そんな難しいことはイラにはわからない。けれどタイガとは、子供の口約束を真剣に思い続けれる者同士、出会うべくして出会って、そして再開したんじゃないかと思えてしまう。
そういう運命なら少し信じて良いのかもしれない。
「タイガはさ、運命の番とか信じてたりする?」
タイガは少し表情を歪める。そして言いにくそうに返事をする。
「どうだろう。αは相手が運命の番かどうかわかるらしいけれど、俺はその……」
そこで一度言葉を切るとタイガは小さく息を吐く。そしてすっとイラから目をそらして、目を伏せた。
「Ωのフェロモンに対して受容体が過剰に反応しすぎるというか……わかりやすく言い換えると鼻が良すぎるみたいで、一般的な量のフェロモンを浴びるだけでもなんだか気分が悪くなってくる」
「あーそうだったな、お前」
タイガはΩのフェロモンに拒絶反応が出るやつだった。何処までもαらしくないαだ。
タイガがイラに対して『甘い匂いがする』と言ったのは、運命だからとかそういうのではなさそうだ。タイガの受容体が過敏すぎて、普通なら拾えないレベルの男性Ωのフェロモンを拾っていただけ。
子供の頃あった時にタイガがイラから何も感じ取れなかったのは、イラがΩとして成熟していなかっただけだろう。
色気もなにもあったものじゃない。
あまりにもタイガらしくて、イラはなんだか気が抜けた。
「運命の番から感じるフェロモンの量はかなりのものらしい。通常αにとって何物にも代えがたい快楽物質なんだけれど、俺にとっては劇物だから、さ。俺にとってはつまり運命の番が本当に存在するとなると」
「運命の番にあった瞬間、死ぬな」
「死ぬまではいかなくても間違いなく吐くよ。運命の人の目の前で」
想像したら地獄だけれど傍から眺めている分には面白い光景だ。そしてその光景を簡単に想像できてしまうほど、タイガという人間は完璧なα様から程遠い。
「なんというかほんとにお前、α…向いてないな」
「知っている。なれるならβになりたい。わりと切実に」
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