6.水平線

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しばらく他愛のない話をしながら水路沿いに歩いていく。イラの視線はずっと水路を行き来する舟を追っている。 「イラ、舟に乗ってみる?」 「え、ああ……うーん」 はいでもいいえでもない微妙な返事。イラは立ち止まる。そして視線を水に落とす。やや透明感のある青。それを神妙な表情で見つめている。 イラの見慣れない反応と様子に、タイガはまさかと思いつつも尋ねる。 「もしかして、怖い?」 「ん? いや……」 怖いかどうかも返してこない。勢いよく否定してくるだろうと心構えていたタイガは、宙ぶらりんになったような気分になる。 「怖い……のかもしれない? わかんない。だって……うーん……」 「怖いんだ。君も怖いと思うものあるんだね」 「あるよそりゃ。あるだろ!」 イラは勢いよくタイガを睨みつける。がすぐに流れていく水に視線を戻す。 「沈まない?」 「問題ないと思うけれど」 「……『思う』? 」 「確実なことなんてこの世に存在しないから、『絶対に』なんて言えないよ」 「嘘でも絶対に問題ないって言えよ」 タイガはだんだんとおかしくなってきた。溺れるかもと怖がっているイラは、普段これ以上に死の危険があることをしている。 タイガはイラと再会してから、何度も何度もイラのクライミングを見てきた。自分がイラに負けているとは思わないけれど、彼に勝っているとも思えない。イラには異常な程に迷いがなく、ちょっと真似できないような動きをする。登るという動作の中に飛び上がる動作が多く出てくる。地上何十メートル、そこで微塵も躊躇わず手足を離して上に跳ぶ。 イラなりに何か考えていたり躊躇しているのかもしれないけれど、タイガから見ればあまりにも恐れ知らずで怖いもの知らずだ。 そんな彼が『怖い』ものがあるのは正直面白い。 「じゃあやめておこうか」 「……タイガが俺にずっとしがみつかれてて嫌じゃなかったら、乗っても良い」 「ええ!?」 タイガの声が裏返る。 「それは……嫌じゃないけれど、その……うわああ……だって……俺も君もだってまだ手すら繋いだことない!」 「あるだろ!」 間髪を入れず、イラが返してくる。 「出会ってすぐに繋いだわ」 タイガは茹だる脳味噌を必死に振り絞り、記憶を辿る。手を繋いだ記憶。出会ってすぐ。 すぐに思い当たる。気分が悪そうに壁に凭れかかっていたイラを、自分と同じ体質のαと勘違いして手を引いて外に連れ出した。確かにその時に手を繋いだ。 繋いだことは確かだ。確かだが。 「あれ、手を繋いだっていうの?」 「知るか! 」 「ええ」 「……とりあえず、今、手繋いでみる?」 「ええ!? イラ、それ本気で言ってる?」 「本気だろ、あ、でも……え、手繋ぐ…?」 「君が言い出したんだよ!」 さっきからお互いにお互いを振り回し合っている気がする。嫌ではないけれど、妙な疲労感がある。先程から立ち止まってわいわい騒いでいる二人へ通行人が不思議そうな視線を向けていくが、二人ともそんなことを気にしている場合ではない。
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