6.水平線

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「あ! そ、それは……」 敢えて手を繋いでいることを意識させるようなそういう言い方をした。そしてタイガは思ったとおりに目に見えて動揺する。イラの手を握ったまま、すぐに手を離せばいいのか謝れば良いのか迷っている。 タイガがアタフタしている姿を見るのは悪くない。悪くないどころか面白い。 もう少しタイガをからかって遊びたい欲に駆られるが止めておく。 タイガも一応αで、世間体だなんだとある立場だ。 イラは手を軽く振って、タイガの両手から逃げ出す。タイガは振りほどかれた手を、組んだり振ってみたりと落ち着きなく動かしている。 「で、どうだった? 俺と手を繋いだ感想」 「君はあの時から変わらないね」 「え?」 「覚えてない? 手を繋いだ……じゃなくて、さっきみたいに君の手を取ったでしょ、始めて会ったときも」 「え、ああ……ああ!」 『迎えに行く』 そう言われた時に、タイガに今と同じように手を握られた。傷跡を熱心に指でなぞられた。 「あれは君の言う『子供のなんとなく』なんかじゃない。俺はなんとなくでそんなことしないよ」 先程タイガの様子がおかしかったのは、嫉妬だけが理由じゃなかったみたいだ。 子供の頃のタイガの気持ちをイラが冗談だと思っている、そんな勘違いから少しの苛立ちも混じっていたんだろう。 タイガの愛の重さに溜息が出る。 タイガの自分に対する重い愛を知るたびに、イラからタイガへの想いはそれにつり合うとは思えなくなってくる。 「あの時と同じ箇所を怪我してる」 「あー……よく怪我する。たぶん変な癖があるんだろ、登る時に」 「君に怪我をしてほしくない。でも、君が君である以上怪我をするし、イラにはずっと怪我をするようなイラであって欲しい。俺が好きなのは囲われた部屋で大人しくしてるようなイラじゃないから」 イラは変な声が出そうになるのを堪える。気恥かしい。 タイガは普段ふわふわしてどうしようもないやつだが、イラに対して自分の想いを伝えるときだけは一時的に恥ずかしいとか照れるだとかそういう感情が一切なくなるらしい。 こういう時のタイガは困る。普段とのギャップが激しくて心がざわつく。α様特有の優れた容姿が嫌でも目に入る。完璧に近い存在が、真剣に自分を口説いてくる。嫌じゃないけれど、落ち着かない。 「あーもう、うるさい! お前の愛で溺れて死ぬわ。行くぞ」 タイガから顔を反らして、川沿いに走り出す。しばらくタイガの顔をまともに見れそうにない。
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