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川沿いに入り組んで立ち並ぶ色とりどりの建物。緩やかに坂になり、時折階段が現れる石畳。
最初はタイガと見つめ合ってるのが居た堪れなくて走っていたが、走っているうちに気持ちよくなってくる。
磯の香りと潮風。そのどれもが目新しい。
不意に建物が視界から捌ける。
イラの足が止まる。
手前にあるのは灰色の港。貨物船なのかなんなのかイラにはわからない。わからないが圧倒される大きさのものがいくつか停泊している。
その向こう側。視界いっぱいまで広がる濃い蒼。どこに終りがあるのかわからない水平線。
その上をゆっくりと滑っていく、おもちゃのように小さく見える船。
今まで見たことのない光景。
追いついたタイガが息を整えながら、イラの隣に立つ。
「タイガ……凄い! 話には聞いていたけど、凄い!」
言葉に上手く感情を表せなくて、ただ凄いと繰り返す。そんなイラをタイガは優しく見つめて頷き返す。
「もうちょっと近く! 近くに見えるとこまで行こう!」
イラはタイガの手を掴む。と、その腕を引く。
タイガは少し目を丸くするが、イラに引っ張られるままについていく。
−−−−
港のそばの小さな公園。白い柵のすぐ向こうが海。
イラはその柵に寄り掛かって飽きもせずに海を眺め続けている。
潮風が緩く吹いている。イラの癖のある黒髪が、風に揺れる。タイガはイラに声をかけるのが躊躇われて、傍でイラと海とに交互に視線を向けている。
「なあ。なんで俺の祖先はさ、山の上に住もうと思ったんだろ」
イラが海から目を離さずに、タイガに声をかけてくる。イラの質問の意図がわからず、タイガは「あー」となんとも言えない声をあげた。
そんなタイガをイラはケラケラと笑うと、ようやく海から目を離した。
「ごめん、困らせた」
「いや、別に……大丈夫だよ」
「変だよなって思った。下界に比べてさ、酸素も薄いし寒いし何もないし。好き好んで住むほどのもんじゃないよ。生き難いとこだ、俺が育った場所って」
「イラは帰りたくない?」
帰りたくない。そんなことはない。時間や時勢から切り離されたような、緩やかな空気が流れる場所。
ここ数年で人の行き来は増えたけれど、それでもこの場所や下界ほどではない。
なんの煩わしさもしがらみもない場所。
人間が生きるにあまり適していない環境であることに目を瞑れば、そんなに悪くない。
「いーや。どうしようもないとこだけど、悪くない」
「君が悪くないっていうんだから、いいところなんだね」
「なんだよそれ。俺が素直じゃないみたいなさ」
「自覚ない?」
「……ある」
「でも君のそういうところ、好き」
「あーもう、五月蝿い。調子狂う」
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