6.水平線

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川沿いに入り組んで立ち並ぶ色とりどりの建物。緩やかに坂になり、時折階段が現れる石畳。 最初はタイガと見つめ合ってるのが居た堪れなくて走っていたが、走っているうちに気持ちよくなってくる。 磯の香りと潮風。そのどれもが目新しい。 不意に建物が視界から捌ける。 イラの足が止まる。 手前にあるのは灰色の港。貨物船なのかなんなのかイラにはわからない。わからないが圧倒される大きさのものがいくつか停泊している。 その向こう側。視界いっぱいまで広がる濃い蒼。どこに終りがあるのかわからない水平線。 その上をゆっくりと滑っていく、おもちゃのように小さく見える船。 今まで見たことのない光景。 追いついたタイガが息を整えながら、イラの隣に立つ。 「タイガ……凄い! 話には聞いていたけど、凄い!」 言葉に上手く感情を表せなくて、ただ凄いと繰り返す。そんなイラをタイガは優しく見つめて頷き返す。 「もうちょっと近く! 近くに見えるとこまで行こう!」 イラはタイガの手を掴む。と、その腕を引く。 タイガは少し目を丸くするが、イラに引っ張られるままについていく。 −−−− 港のそばの小さな公園。白い柵のすぐ向こうが海。 イラはその柵に寄り掛かって飽きもせずに海を眺め続けている。 潮風が緩く吹いている。イラの癖のある黒髪が、風に揺れる。タイガはイラに声をかけるのが躊躇われて、傍でイラと海とに交互に視線を向けている。 「なあ。なんで俺の祖先はさ、山の上に住もうと思ったんだろ」 イラが海から目を離さずに、タイガに声をかけてくる。イラの質問の意図がわからず、タイガは「あー」となんとも言えない声をあげた。 そんなタイガをイラはケラケラと笑うと、ようやく海から目を離した。 「ごめん、困らせた」 「いや、別に……大丈夫だよ」 「変だよなって思った。下界に比べてさ、酸素も薄いし寒いし何もないし。好き好んで住むほどのもんじゃないよ。生き難いとこだ、俺が育った場所って」 「イラは帰りたくない?」 帰りたくない。そんなことはない。時間や時勢から切り離されたような、緩やかな空気が流れる場所。 ここ数年で人の行き来は増えたけれど、それでもこの場所や下界ほどではない。 なんの煩わしさもしがらみもない場所。 人間が生きるにあまり適していない環境であることに目を瞑れば、そんなに悪くない。 「いーや。どうしようもないとこだけど、悪くない」 「君が悪くないっていうんだから、いいところなんだね」 「なんだよそれ。俺が素直じゃないみたいなさ」 「自覚ない?」 「……ある」 「でも君のそういうところ、好き」 「あーもう、五月蝿い。調子狂う」
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