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人形の話
暗かった辺りに光が射した。1番最初に視界に入ったのは女の子。
「わぁ! クマのお人形だ!!! ありがとう、お母さん!!!」
そう言って女の子は私を抱きしめた。
女の子は私に「クーちゃん」と名付け、この世界のことをたくさん教えてくれた。朝が来るとお日様が昇ること。そうしたら、私達も目を覚まさなきゃいけないこと。家族に「おはよう」とあいさつをすること。ご飯を食べる前には手を洗うこと。食べる前には「いただきます」と言うこと。好き嫌いをせず全部食べること。おままごとは、役になりきること。お風呂に入り、体を綺麗にすること。寝る前の歯磨きを忘れないこと。寝る前には家族に「おやすみ」とあいさつすること。その頃にはお日様が沈んで、真っ暗になっていること。それを繰り返して大きくなること。
私と女の子は、そんな毎日を繰り返した。女の子はどんどん大きくなって、私はどんどんボロボロになっていった。それでも女の子は私を大切にしてくれた。
ある日、お母さんは女の子に言った。
「もうボロボロだから、このお人形は捨てようか?」
女の子はお母さんに怒鳴った。そしてお母さんが頷くまで、私を抱きしめて離さなかった。初めてあった時と変わらない温かさに、私は涙が出そうになった。
それから1ヶ月も経たず、今までの毎日と内容が少し変わった。女の子は小学校というところへ行かなくてはならなくなったのだ。今までより一緒に居る時間が短くなったが、女の子は毎日私に話しかけてくれた。学校の友達のこと。先生のこと。授業のこと。図書室で借りた本のこと。友達の好きな人のこと。自分もその人を好きになったこと。女の子が楽しそうに話す世界のことを、もっと知りたいと思った。
女の子が楽しそうに話す世界に、私はいない。今まで一緒に過ごしていた世界から出て行った女の子を追いかける手段が私にはない。仕方ないはずのことなのに、どこか胸がぽっかり空いたように寂しくて、それを埋めるように女の子がいない時間は寝ることが多くなった。
その日もいつものように昼寝をしていた。女の子の部屋の、棚の上。壁に寄りかかって、日向ぼっこをしながら昼寝をしていた…はずだった。初めて聞く音に目を覚ますと、そこは知らない場所だった。
「にゃー」と鳴く4足の動物が目の前を通り過ぎる。ブロロローと音を立てて、人を乗せた鉄が走り去って行く。そんな場所だった。
ここはどこ…? あの子の部屋じゃない。…あの子は、どこ……?? きっと、迎えに来てくれるよね…?
長い時間が過ぎた。お日様が沈んで、お日様が昇った。それでも、あの子は来てくれなかった。
私のこと、嫌いになったのかな……。
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