薔薇香る憂鬱

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五月の爽やかな風が、咲き誇る薔薇の香りを室内に運んでくる。 手ずから丹精に育てた気高くも美しき薔薇たち。 私は庭に出ると、花のひとつひとつに話し掛ける。 「おはよう。ウェルビーン。君は今日も爽やかだね」 イギリス産の中輪花は、アプリコットイエローの透明感のある瑞々しい花びらを誇らしげに広げている。 顔を寄せると柑橘系の香りが鼻孔をくすぐった。 彼女は一番最初に私が育てた花だ。 庭いじりなど全くした事もなく、薔薇の栽培についての知識など皆無だった私が、試行錯誤し何とか育て上げた愛すべき一輪。 「やぁ、リリック。いつ見ても可憐だね」 半八重の平咲きのリリックは、ピンク色の花弁と黄色の花芯がとても可愛らしい。 ペネロペ、ソンブレイユ、緋扇、スノーグレイス、ストロベリーヒル、キャリアド、たそがれ、琴音、ミモレ、ザ モナリザ、ハニーブーケ… ありとあらゆる品種が揃っている。 だが… 私は眉根を寄せた。 一番好きな薔薇は、まだここにはない。 ダマスクローズ。 甘く高貴な香りから『薔薇の女王』と呼ばれている、ヨーロッパ原産のハイブリッドローズ。 この花の事を思うと、いつも憂鬱な気分になる。 幼き頃、私と父を捨て、年下の男と出奔した母の面影が過るからだ。 旧華族の出身だった母はまさに女王のように気位が高く、誰よりも美しかった。 そして気まぐれに抱きしめられると、いつも良い香りがした。 甘い薔薇の香りが_______________
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