帰結

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「佐倉さん!おはようございます!」  佐倉みずほが、ぺこりとお辞儀をした。鼻の頭が赤くなっている。外で長時間待って居たのだろう。 「お早うございます。相談したいなら早く来いって言われたから」 「あ?……あー」  自分でそう言ったというのに、壮介は半分忘れて居たらしい。千都香は壮介を睨んで見せた。 「寒かったでしょ?中に居たら良かったのに」 「平気よ、寒いの慣れてるから」 「先生?私、先に行って準備してますね」 「ああ」  壮介の荷物も奪い取って、エレベーターに乗る。  みずほの話は、おそらく華也子との仕事の話の報告だろう。千都香が聞く必要は無い事だ。聞きたいとも思わなかった。  事務所で鍵を貰って教室を開け、身支度を整えて用意を始めた。窓を開けて換気をしてから暖房をつけ、机に新聞を敷き、漆の付いたゴミ用のゴミ袋を設置し、各机に必要な道具を置く。  今日は、初受講も体験も入っていない。知っている顔ばかりなので、一人準備でも気が楽だ。 「千都香」  せっせと教室を整えていたら、壮介がやって来た。一人だ。佐倉は一緒に入って来て居ない。 「はい?もう終わったんですか?」 「ああ」 「じゃあ……佐倉さんは?もう入って貰っても平気ですけど」 「洗面所に行くとか何とか言ってたぞ」 「洗面所……」  トイレか。寒い中待っていたから、冷えたのだろうか。寒さに慣れていると言ってはいたが、体調を確認しておいた方が良いかもしれない。 「……じゃあ、先生はこっちじゃなくて、器の準備をお願いします。私も洗面所行って来たいんで」  千都香は壮介に差し出していた水汲みのバケツを引っ込めて、作業途中で預かっている受講生の作品の入ったケースを指差した。 「ああ。……千都香、お前……」 「はい?」 「……いや。これ、どれが誰のだ?」  壮介はしばらく何かいいたげにしていたが、結局は何も言わずに屈んで作業中の器を手に取った。 「机の上に、出すだけ出しといて下さい。戻ってきたら配ります。……最悪、出しといたらご本人が取って行かれますから」  宜しくお願いしますね、と師匠に指図すると、バケツを持ってトイレに向かう。  ちょうど入り口で、佐倉に出くわした。
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