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「お待たせして、ごめんなさいっ!」
「待って無いって。先生んち寄らずに真っ直ぐ来た分、早かったじゃない」
佐倉は苦笑混じりにそう言って、千都香にメニューを渡した。
ランチに千都香のバイト先に行くという選択肢も有ったが、適度に賑やかで周りが気にならないカジュアルイタリアンを千都香が選んだ。顔見知りのスタッフに聞かれても構わない内容かどうか、佐倉の話を聞いてみないと分からないからだ。
「平取さん、ほんと他人の顔色気にしますよねー」
「えっ?そう?」
「ごめん、言い方悪かったかな。人に気を使いすぎるって言うか……でも、良いんじゃない?そこが良いとこでもあるんだし」
「その言い方も、悪くはないけど微妙だと思う……あ、本日のランチお願いします」
膨れ気味に返して、通りかかったスタッフに注文をする。佐倉の物言いにもだいぶ慣れた。歯に衣を着せないだけで、悪気は無いのだ。
「言ってる側からまたそれ?」
「え?」
「ちゃんと、メニュー見た?考えて決めて良いのよ、その位待てるし」
「……ちゃんと、考えてるよ……」
佐倉が佐倉なら、千都香も千都香だ。
実際に待たせたのだから、気にしない訳には行かない。メニューの内容を吟味するより、早く来そうな物にさっさと決めて頼んだ方が、千都香は落ち着くのだ。好き嫌いは無いので、そんな決め方でも大して困らない。
「……で、確認って、何?」
千都香はメニューの話を終わらせ、佐倉の口にしていた本題に切り込んだ。話題を逸らしたというよりも、単に時間が無いからだ。
「ああ……平取さん、タテイワさんって人と結婚するの?」
「っ」
幸運なことに、千都香は今日はむせなかった。お絞りで手を拭いていて、まだ水を飲んで居なかったからだ。
「しない……かな、とりあえず……」
「とりあえず?って、何。」
手を拭き終えて、水を飲んで、深呼吸して落ち着いて答える。きちんと答えたと思ったものの、佐倉には間髪入れずに突っ込まれた。
「平取さんが結婚するって、華也子さん、決まった事みたいに言ってたでしょう?それが、気になって……プライベートな事だから関係ないかもしれないけど、先生と二人で私を追い払った癖に、何だったのかなーって」
「追い払っ……」
「ごめん。また言い方が悪かった。でも、アシスタントは譲りませんって断言したよね、あの時」
「それは……あの時は、必死だったし……」
必死だったし、壮介にとって自分がそこまで迷惑な存在だとは思って居なかったから、言えたのだ。今同じ事を佐倉に言われたら、おそらく千都香は折れて佐倉にアシスタントの席を譲るだろう──壮介がどう言うかは、分からないが。
「で、タテイワさんって誰ですか?華也子さんが『君』付けで呼んでたけど」
「立岩さんって言うのはね……」
千都香は佐倉に毅の事を、ざっくり説明する事にした。
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