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「──ううん。出来ればどっちとも、何かしら肉体的に接触してから決めるけど」
「何かしらっ……にくっ……」
「肉体的って言うか、生理的な相性って、有るものだと思うわよ」
またしてもストレートな物言いに、千都香は、うろたえた。
佐倉の言い分はごもっともだが、今の千都香には生々しすぎて、ランチタイムのカジュアルイタリアンで話題にするには抵抗が有る。食欲がどこかに吹っ飛びそうだ。
佐倉がこんな事を言う人だとは、思わなかった。アシスタントの件で話した時、壮介と結婚するのかとは聞かれたが、こんな赤裸々な事は今日まで言われた事は無い。
しかし、佐倉の言葉が頭の中で反響している間に、千都香はあることに気がついた。
「佐倉さん……それ、やる気とか関係なく、有り得ない……」
「有り得ない?平取さん、けっこう頭固いのねぇ」
「違っ……そうじゃなくって……毅さんはともかく、先生は、絶対私に触らないからっ……」
アレルギーの件が有ってから、壮介が千都香に直接触った事は、ほとんど無い。肌だけでなく、髪の毛すらそうだ。先程頭を撫でられた時も、三角巾の上からだった。
せいぜい道に迷いそうになって手を引いた事が有る位で、それも千都香が漆の成分に触れないとはっきりしている時に限られる。
それ以前には触られた事も触った事も有るが、それも千都香を誉めたり慰めたり腕の置き場にする時位で、色っぽい意味だった事は皆無だ。
「え?そうなの?」
「そうっ……触っても、手拭い越しとか三角巾の上からとかタオル掛けてとか毒虫とか、毛虫並みの扱いだから、頭固いとか関係なく、無理。」
「それ、逆だと思うけど。漆を素手で触ってる先生の方が毒の元でしょ?平取さんにとっての先生の方が、毛虫じゃないの」
「……それは、そうかもだけど、体質が変なのは私だし…………あ。」
千都香は、壁の時計を見た。そろそろ清子との約束の時間だ。
「ごめんなさい、次の約束に行かなきゃ……他に、話は?」
「今日はそれだけ。っていうか、立岩さんと結婚するのかどうかの確認がしたかっただけ。結論は、否定じゃなくて、未定ってことよね?」
「うん、まあ」
「それ、もし肯定になったら教えて。あ、華也子さんには言わないから安心して。個人情報だもの。聞きたい動機は、純粋な興味だから」
「……そんな事に、なったらね…」
千都香は頑張って食べ終えた皿の横に自分の分のランチ代を置くと、佐倉に力無く笑って店を出た。
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