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更新で住まいに困るならルームシェアしても構わないと言われた事は、とりあえず話さない事にした。清子達くらいの年代の女性に聞かせたら、それは即ち結婚ではないのかと思われそうな気がしたからだ。
「……あの……漆かぶれが原因で先生のとこを辞めなきゃいけなくなるんだったら、毅さんのところに転職しないか、とか……」
「ええっ?転職っ!?」
「毅さんのところに……ですのね……」
毅に言われた事の中でも比較的おとなしめの件を上げたのだが、二人はそれでも驚いた。
「それじゃあもしかして今回のお話は、このまま続けてお仕事を頼む為の手始めって事なんじゃないの?!」
「……じゃないと思いますけど……一回だけってお話ですし」
「今回は、その立岩さんでしたかの旧知のお取引先の方が、たくさんお見えになるんですよね?」
「はい。」
清子と麻は、顔を見合わせた。
「千都ちゃん……」
「千都香さん……」
「はい?」
二人は同時に千都香の名を呼び、千都香の顔をじっと見詰めて、最後にはどこか諦めた様な溜め息を、同時に吐いた。
「それ、今からお断りは、出来ないわよね?」
「へっ?」
「……奥様。あれにしましょう、あれ。檜皮色の紬に縫いの一つ紋を入れた色無地」
「そうね!あれならきっと千都ちゃんには田舎くさ」
「いなか?」
「ああ、えっとね、」
「陶芸の窯が有る場所なら、田舎ですよね?あまり派手な着物でない方が宜しいかと存じます」
土地柄と着物は、関係が有るのだろうか。
清子と麻の不思議なアドバイスに、千都香は毅の家の近くの様子を思い起こした。
「確かに、お家に遊びに行ったら、都内なのにのどかな、良いとこでしたけど……」
「まあっ!お家に遊びにっ!?」
「うーん……良いとこでしたか……」
二人から「田舎よね?」と言って来た割に、千都香の「はい、田舎でした。」という説明を聞いて、清子も麻もますます眉間に皺を寄せている。
二人が何を考えているのか、全く読み取れない。千都香は自分の未熟さを思い、着物の奥深さに心の中で平伏した。
「とにかく、あれを合わせてみましょ!話の続きは、それからよ!」
「ですね!」
「はい!宜しくお願い致します!」
急にやる気満々になった清子と麻にすっくと立ち上がられて、千都香はこれから鬼コーチに指導を受ける生徒の様に、慌てて立ち上がって頭を下げた。
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