帰結

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「紬が相応(ふさわ)しいんだったら、前頂いたあれは駄目なんですか?藍の結城紬」 「駄目です。」 「あれは駄目よ!」  何の気なしに言った途端に、麻と清子が同時に言った。 「だってあれはすっごく似合」 「あれは、(ひとえ)ですから。今は季節的に(あわせ)でないと……それに紋が入っていない紬は普段着です。おもてなしには、少し格が足りません」 「そうそう、そうよねえ!」 「……あ、なるほど……!」  一気に畳み掛けられてびっくりしたが、着物の世界では季節が合わないのは大問題だと言うことは、千都香も一応知っている。紋の有る無しで格式が変わると言うのも今度ゆっくり教えて貰わなくてはと、千都香は頭の中にメモをした。 「千都ちゃん。今回の着物については、お願いが有るの」 「はい?」  着るものが決まったので、千都香は試着した一式を脱いで、着て来た洋服にもう一度着替えた。麻と一緒にそれを畳んでいる時に清子にやけに神妙にそう言われ、千都香は畳むのを麻に任せて居住まいを正した。 「本当に申し訳ないのだけど、この着物は、あげられないの。だから、今回は貸すだけで、許してね」 「もちろんです!貸して頂けるだけで、十分ありがたいです!」  申し訳なさそうに頭を下げる清子に、千都香は慌てた。  清子も麻も、千都香が戸惑うくらい気前が良い。高価な物だろうと何だろうと、お構い無しに千都香にくれる。断ろうとすると「悪いと思うなら、お願いだから着てあげて頂戴。誰も着てくれなくて古びていくのが一番可哀想だもの」「要らなくなったら売って下さっても、どなたかに差し上げても構いませんからね」と口々に言う。  貰える事を期待している訳では決して無いのだが、そんな二人が「貸すだけ」と言うならば、これはよほど大事な物なのだろう。例えば、何か思い出の有る品である、とか。 「お返しする物なら、長い時間着ていて汚したら、申し訳無いですね。持って行ってあちらで着替えるようにして、着ている時間を短くします」 「着替えっ?!」 「へっ?」  今こそ着付けを教わった成果を見せる時が来た、とぴしっと約束してみせた千都香に、清子が何故か呻き声の様な声を上げて、額を抑えた。 「千都香さん。」 「はいっ?!」 「朝から着て行って頂いて、構いませんよ」 「でも」 「初めての場所で着付けをすると、勝手が違って戸惑う物です。増してや、慣れないお仕事の前で緊張しているでしょう?コートを着て行けば汚れませんし、多少おかしくても分かりません。それに、万一汚れたとしても構いませんよ。紬は、もともと労働着ですもの」 「……そう……そうよ……お願いだからそうして、千都ちゃん……」 「分かりました。お言葉に甘えてばかりですけど、そうさせて頂きます」  相変わらず呻き気味の清子の体調を気にしつつ、行きは助言に甘えて家で着て行って、仕事が終わったら早めに脱ごう、と千都香は決めた。それは口には出さなかったので、清子がそれ以上呻く事は無かった。
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