瑪瑙の秋(めのうのあき)

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「やすり、これで良いかしら」  夫の形見の茶入れの割れを継いだ部分を指でなぞって確認しながら、清子は問い掛けた。 「うん、良いですね。じゃあ漆塗りましょうか。一旦貸して下さい」  茶入れを渡すと、鮮やかな黄色のマスキングテープが貼られていった。 「清子さんには、今貼ってるマステの間を担当して貰います。マステを剥がすのと縁まで塗るのは、お手伝いさせて下さい。終わったら少し乾かして、金を蒔きましょう」 「ええ」  これからの作業分担を説明され、茶入れと筆を渡される。筆には適量の漆が既に付けられていた。  マスキングテープの間に、慎重に筆を滑らせる。もっとも、はみ出してもテープの上に着くだけなので、よく見えなくとも支障は無い。  途中で一度、手を止める様に言われた。筆に漆を付け直されて、なんとか端までを塗り終える。 「お疲れ様でした。よく塗れてますよ」  茶入れを渡してそう太鼓判を押して貰った清子は、ふうっと溜め息を吐いた。  もう少しで、全ての作業が終わる。この分だと、間に合うだろう──ぼんやりとであっても、直った茶入れを自分の目で見る事が出来そうだ。 「金を蒔く前に、マステでアタリを取っときますね。マステのラインに沿って多目に金を振れば、大体乗りますから……それから筆で寄せれば、抜ける事は無いと思います」 「分かったわ。」  新たなマスキングが、手際よく茶入れに施される。このテープの色は、千都香が何色も持ってきてくれて、清子の一番見やすい色を選んでくれたのだ。清子の為にあれこれと気遣い、工夫してくれた経験は、きっと今後の他の受講生の為にもなるだろう。 「こちらは、丸粉(まるふん)で仕上げても良いですか?この茶入れには丸粉の方が合うと思います。今までに使ってきた消粉(けしふん)より、材料の値は張りますが……丸粉は消粉より工程が多いので、練習にもなりますし」  「練習になる」と、言われたが。  清子は、もう自分の手で器を継ぐ事は無いだろう。それを残念に思った事も有った。しかし、今感じているのは、決して淋しさだけでは無かった。 「お任せするわ」  答えながら、口元に自然に薄い笑みが浮かぶ。 「……ありがとうございます。では、丸粉で……乾かすのに、少しお時間を頂きます。この季節だから早いでしょうが、ここは冷房が入ってますんで」 「先生?」 「はい?」  念の為、と言いながら持参した簡易室(かんいむろ)に茶入れを入れて加湿している後ろ姿に、声を掛ける。 「乾く間に、お茶をいかが?」 「ありがとうございます。頂きます」  そう言うと壮介は立ち上がり、清子に軽く頭を下げた。    
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