帰結

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「言っときますけどー、頼まれたのは、その日一日だけですからね!髪も乾かさないだらしない師匠のお世話で忙しいんで、そうそうお手伝いなんかしませんよ!」 「……そうかよ。」  壮介は片手でおざなりにタオルをがしがし動かして、片手でビールを空にした。 「あ!!ちょっと!なに水みたいにどんどん空けてるんですか!!」  気がついたら、缶が四つほど転がっている。その上、新たに一缶手に取って空けた。 「ほんとにお前は口うるせーな……」 「はぁ?もうっ!これ以上飲んじゃダメってば!!」  片付けを終えた千都香は、立ち上がって壮介の元に近付いた。  壮介がビールを五本抜いたまま放ってある六本パックから最後の一本を取り出し、厳重に冷蔵庫に仕舞う。空になったパックの紙は、畳んで紙ゴミ入れに納めた。 「……お節介女……」 「先生!私、帰りますから!飲むの止めて、戸締まりして下さい!」  聞こえる様に呟く壮介を睨んで告げる。師匠に命令する弟子というのもどうかと思うが、いくら壮介でも夜中じゅう施錠無しというのは不用心過ぎる。 「はいはい後でな」  ソファに転がって飲み続ける壮介に、千都香は膨れた。しばらく膨れた後、ふいと目を伏せて、小さい声で呟いた。 「戸締まりしないなら、私が中から鍵掛けないと……そしたら帰れなくなっちゃうから、また納戸に泊まっちゃいますよ?」 「……そりゃ困るな。」  壮介は飲み終えた缶を潰して立ち上がり、千都香を追い越して玄関に向かう。千都香は預かった着物を抱えて、それを追った。 「お休み。ガキみてぇにヘソ出して寝て腹壊すなよ」 「お休みなさい。もう若くないんですから、頭乾かして上に何か着て、ちゃんとあったかくして寝て下さいね?」  たたきに降りた千都香と上がり框の上の壮介は、いつもの倍ほど高さに差がある。見上げると遠いなあ、などと余計な事を思ってしまった千都香は、軽く頭を下げた後、玄関を出て戸を締めた。  数歩歩いて戸締まりをする音がしない事が気になって振り向くと、壮介が戸口に居てこちらを追い払う様にぱたぱたと手を振って来た。  千都香は顔をしかめて見せると今度は振り向かないままで、駅への道を辿り始めた。  
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