帰結

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   * 「おはようございます、千都香です」  壮介宅と違ってきちんと機能しているインターホンに向かって、千都香はぴょこんと頭を下げた。  電車に揺られ、乗り換えて、また電車に揺られて、一時間余り。毅の仕事場の周辺は、相変わらずののどかさだ。  招待は食事の心配をしなくても良い昼過ぎからなのだが、早めに来て毅と打ち合わせて、昼食も一緒に摂ることになっている千都香は、朝のうちに家を出て来ていた。 「おはよう。今日は、よろ」  玄関を開けてくれた毅の言葉が、道行(みちゆき)を脱いでいる千都香を見て、途中で消えた。 「はいっ。こちらこそ、よろ……しくお願い致します?」  千都香がくすくす笑いながら言うと、毅は困ったのと照れたのと半々の顔で笑った。 「……わざわざ着て来てくれたのか?」 「ええ。洋服だとどんなのが失礼じゃ無いのか、よく分からなかったので」  ごく親しい関係者だけを招いた陶芸家の内覧会のお手伝い、などという場に相応しい洋服は、千都香には思い付かなかった。着物なら失礼がなさそうだと思いついて幸いだった。着物なら、専門家も傍にいる。 「服装なんてなんだって、来てくれるだけで十分有り難いのに……でも、嬉しいよ。新鮮だな、着物姿。そういうのも可愛い……うん。凄く可愛い。」 「ありがとうございます。これなら、大丈夫でしょうか?」  にこにこと満面の笑みの毅の前で、千都香はくるりと回って見せた。思った以上にべた誉めされて、気恥ずかしくなる。 「今日の毅さんも、新鮮で、素敵です……けど、」 「ありがとう……ん?『けど』?」 「それって、先生と色違いみたい。何かのコンビっぽくないですか」  泥染めだろうか。黒に近い灰色の作務衣は、毅によく似合っていた。だが、作務衣を見ると千都香は、どうしても壮介を思い出してしまう。
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