帰結

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「そうだなあ。真似したみたいになってるのは、しようが無いな。壮介のトレードマークだから、作務衣は」  毅は自分の姿を眺めて、苦笑した。 「先生の作務衣って、そんなに前から?」 「……うーん……」  軽い気持ちで口にした言葉で、毅の表情が急に固くなった。それを目にした千都香は不意に、襟の合わせの辺りにひやりとした冷たさを感じた。毅にではなく壮介に、やんわりと跳ね付けられた様な気がしたのだ。 「……前って言うか……卒業制作の頃には、もう着てたよ。」 「……すみません。もしかして、聞いちゃダメなやつでした?」 「どうかな……その辺も含めて、気になるなら本人に聞いてみる方が良い」  そう言われても、聞いてみる権利も、聞く理由も、千都香には無い。そんな風に思ってしまうのは、「お前に関係ねぇだろ」と言われる事が、簡単に予想出来てしまうからだ。  壮介の過去も未来も、千都香には知る術は無い。今、手伝えている事さえも、本来は有り得ない──有り得ないくらいに、迷惑な事なのだから。 「少し早いけど、飯食って準備しようか。コート、預かる」 「ありがとうございます」  毅の差し出した手に道行(みちゆき)を渡しながら、千都香は胸が温かくなった。  佐倉の言った様にこの手を取ったら、自分の迷いは晴れるのだろうか。 「ご迷惑じゃなければ、食べる前にちょっとだけ段取りを確認させて下さい。落ち着かなくて、ご飯食べた気しなさそうだから」 「もちろん。そんなに緊張するほど真剣に臨んでくれて、有り難う」  いいえ、とはにかんだ千都香は毅のあとに続いて、部屋の中に入って行った。
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