帰結

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「平取さんが着てらっしゃるのは、草木染めの紬ですか?……温かみのある、良い色ですね」  頼りになる自慢の友達である清子と麻の見立てを褒められて、千都香は誇らしく嬉しく思った。 「ありがとうございます。これ、お友達が見立ててくれて、貸してくれた物なんです。お茶も、着物も、私はあまり詳しくなくて、勉強中で……幸せなことに、年上のお友達が良くしてくれて、色々教えてくれるんです」 「平取さんは小柄だから、お借りする事が出来るのね。良いわね……私は大女だから、(ゆき)がどうしても足りないの。丈は、なんとでもなるのだけど」  本橋の口調には、生真面目さの中にお茶目さが時々混じる。初対面なのに話しやすい人だ、と千都香は本橋に好感を持った。 「……平取さんは……」 「はい?」  毅の仕事の関係者に、千都香の知人は今の所居ない。本橋と友達になれたら楽しいだろう、とぼんやり思っていた千都香に、本橋がぽつりと呟いた。 「……先生と、お付き合いしてらっしゃるの?」 「えっ?!」  急に問われて、千都香は動揺した。 「とんでもない!違いますっ……先生とはっ、全然っ、そんなんじゃっ、」  収まらない動揺を無理矢理押さえつけて、とりあえず否定する。何と説明したら、分かって貰えるだろう。不意打ち過ぎて頭が全く回らない。 「そう……?」  本橋は、慌てふためく千都香からふっと目を逸らした。 「今日の集まりのお手伝いをされてるってことは、先生とお親しいんでしょう?……プライベートはお互いに名前呼びみたいだし」 「……え?お互いに名前呼び……」  確かに壮介は千都香を呼び捨てにしているが、千都香は壮介の名を呼んだ事など無い。  そこまで考えて、やっと勘違いに気が付いた。 「……あ。……『立岩先生』っ……!」 「え?」  千都香は、体中がかあっと熱くなった。  「先生」と言われて千都香が反射的に思い浮かべるのは、壮介以外には居ない。しかし、本橋の言った「先生」は、毅の事だったのだ。  落ち着いて考えれば、本橋は壮介を知らないのだから当然壮介で有る訳が無いと分かる筈なのに、壮介との事を聞かれたとばかり思い込んでいた。千都香は自分の勘違いが恥ずかしくて、居たたまれなくなった。 「いえっ、あの、ちょっと、独り言っ…………つょ……っ立岩さんはっ、お友達です。私のせ……師匠が、立岩さんの学生時代のお友達で、それで知り合って、仲良くして頂いてるだけで、」 「……そう……」  本橋は、微笑んだ。それが少し淋しそうに見えるのは、千都香の気のせいだろうか。 「良いのよ、無理に名字で呼び直さなくても。言い触らしたりしませんから……変なことを聞いてしまって、ごめんなさい」  千都香はもっときちんと説明しなくてはと思ったが、タイミングの悪いことにそこで湯が沸いた。二人はお茶を淹れるのに手一杯になり、話はそこで終わってしまった。
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