帰結

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 千都香は袖を(たすき)(から)げてから、割烹着を着て慎重に洗い物を始めた。借りた着物を汚す事が無い様にと思っての事か、大変な念の入れようである。  今日は、飲食のメインに毅の器を使った。  それぞれの客にグラス代わりに使って貰ったのは、蕎麦猪口(そばちょこ)をアレンジしたフリーカップだった。それは帰り際に回収し、軽く洗って箱に詰め、土産として持ち帰って貰ったが、他の皿や鉢などは洗って仕舞っておかなくてはならない。千都香はひとつひとつを専用の布巾を使って優しく洗い、良くゆすいで、別の布巾を敷いた所に重ならない様に伏せて水を切り、一枚一枚丁寧に拭き上げていた。  千都香の器の扱いの一部始終を見て、毅は胸の奥が暖かくなった。  毅は陶芸家と言っても、仕事の中心は絵付けだ。器から作り上げる事も有るが、生地自体は生地屋に頼む事の方が圧倒的に多い。そこに絵付けをし、釉薬を掛け、何度か焼いて作品にする。  購入者は毅の器をどう扱っているかは分からないが、毅自身は金彩を施している物は勿論そうでない物であっても、食洗機にも電子レンジにも絶対に掛けない。  毅は千都香に自分の器の扱い方を指示したり、こうしてくれと頼んだりはしていない。それなのに自分と同じ様にか、それ以上に器を大事に扱ってくれている。  物を創る人間にとって、作品は魂の様な物だ。何も告げないのにそれをこれほど大事に扱ってくれる女性に、作り手が()かれない訳が無い。  毅に千都香との事を焚き付けては居るが、本当は、壮介だって── 「……でも、」  考え無い様にしている疑いが頭をよぎった時、最後の皿を手に取った千都香が、ぽつりと言った。 「妬ましいなんて言い方、毅さんらしくない気がします」
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