帰結

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   *  何かの気配を感じて、目を開けた。  千都香が、着物を脱いでいる。解かれた帯が床に落ちた音で、目が覚めたらしい。  帯を解いた千都香は、次に数々の紐を解いた。揚げられていた着物の裾がぱさりと密やかな音を立てて落ち、床に布がたぐまった。その重みに引かれる様に、肩からするりと着物が滑り落ちる。  毅は、息を飲んだ。  赤みがかった濃い茶色の地味な紬の下に千都香が着ていたのは、艶と地模様のあるクリーム色の絹の長襦袢だった。袖からちらちらと覗いて居た時には特に何も思わなかったが、白い半衿のかかったたっぷりとした光沢の有る生地は、千都香の体の曲線をまろやかになまめかしく見せている。  見蕩れている毅に気付かず、千都香はするすると紐を解いて、長襦袢も床に落とした。  その下に着ていた物をためらいも無く脱ぎ去ると、千都香は何かをつるんと頭から被った。  途端に、ワンピース姿の普段の千都香が現れる。  荷物から取り出したらしい畳紙を広げ、床に落ちた着物を畳み始めた千都香からは、魔法がとけた様になまめかしい色香は消えていた。  肌を見たのは、一瞬だった。しかし、それよりもその前の薄灯りの中で見た、絹に包まれた千都香の(ぬめ)る様な艶は、毅の胸を疼かせた。  千都香が毅の目の前で、着替える訳が無い。それに、時間も時間なので、悠長に着替えている場合では無い筈だ。  これは、幻だ。実際の千都香は終電が無くなる前に、着物姿のままで荷物を持って帰っただろう。  手を伸ばしたら届きそうな距離に居る千都香は本物なのか、自分の願望が見せているだけの幻なのか。  確かめる事も出来ない内に、毅はまたうとうとと眠りに落ちた。
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