帰結

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「……答えられないか。」  千都香は、黙ったまま俯いた。 「ここは、嫌い?」 「いいえ!」  千都香は弾かれた様に顔を上げ、即答した。 「……ここに来る用事によっては、気が重いって事か」  毅が苦笑すると、千都香はまた小さくなった。 「……ごめんなさい……毅さん、もったいないくらい良くしてくれてるのに……まだ、決められなくて……」 「それ、『まだ』なんだよな?」 「え?」 「いつかは決めなきゃいけないとは、思ってるんだろ?」  毅はリンゴを口に入れて、咀嚼した。 「……決められないのは、迷ってくれてるって事だよな」  迷っているなら、可能性が無くはないのだろう。断るつもりなら、迷う必要など無いのだから。  千都香の迷いの原因は、分からないでも無い。  壮介に弟子入りして金継ぎを仕事にする事が、千都香の夢だと言って居た。だが、千都香が漆アレルギーである限り、その夢は叶わないだろう。千都香自身も、それは分かって居る筈だ。しかし、分かっているのと諦めるのは、別の話だ。    今までの夢を諦めて、自分の元で自分と共に新しい夢を見てくれないかと思っても、千都香が納得しなければ、意味が無い。  毅の望みは、ようやく千都香に伝わった。 昨日、酔いに任せてでは有ったものの、千都香に単なる友人としてではなく、彼女を求める男として、初めて触れた。千都香は泣きそうにはしていたものの、その後も逃げずに、少しずつ近付いて来てくれている。それは良い方向に向かっていると言う事だと、毅には思えた。 「……焼き物やってる奴は、気が長いんだ。それに、諦めも悪い」 「え?」 「描いた物がそのまま完成品になるかどうか、焼き上がるまで分からないだろ?多少思い通りにならない位で諦めてたら、仕事になんかなりゃしない」  毅のふざけ半分の言葉に、千都香はうっすらと笑った。 「……一生決められないって事は無いだろ?気長に待つよ」 「……毅さん……」 「謝るのは、無しで頼む。」  ごめんなさい、と言い掛けた千都香のテーブルに置かれている手を、自分の手で包む。  千都香は、それを嫌がる事は無かった。 「その代わり、物件探しの条件の一番下に、『今の千都香さんちよりもここに来やすい』っていうのを、入れてくれないか?それなら仕事に行きやすいって言うのと、被るだろうし……その程度なら、負担じゃ無いよな?」 「はい。」 「有り難う。せっかくだから、近くを散歩して帰らないか?」  ようやく晴れやかな笑顔を見せた千都香は、はい、と頷いた。  毅は千都香の手を一瞬きゅっと握って手を解き、御馳走様でした、と挨拶をした。  それから二人で並んで使った食器を片付けて、千都香の荷物をまとめた後で、外に短い散歩に出掛けた。
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