帰結

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   * 「冬は殺風景だよな」 「そんなこと無いですよ。空気が綺麗だし、気持ち良いです」  冬枯れの寂しい風景だが、千都香には楽しいらしい。鼻歌を歌いそうな足取りで、舗装されていない様な小道を歩いている。 「それは、そうだな。冬は特に、都心と全然違う気がする」 「毅さん、あの辺の山登った事有ります?」  千都香が、西に見える山を指差した。この辺りの学校だと遠足で登る様な、休みの日には軽い登山を楽しむ人で賑わう様な山だ。 「ああ。下から歩いて登った事は少ないけど、ケーブルカーなら何度かは」 「あそこ、漆とか、漆の仲間の木が生えてるって、知ってました?」 「うん。看板に書いてあるよな、紅葉して綺麗だけど触るなって」  確か、登山道の入り口辺りに危険な動物や植物、昆虫を一覧にした注意喚起の看板が有った。 「……毅さんも、知ってた……」 「あれ?知らなかった?」  にやっと笑うと、千都香は不満げに唇を尖らせた。 「だって私、東京出身じゃないし。」 「壮介も俺も東京じゃないから、それは言い訳にならないなあ。俺達の中では和史だけだよ」 「え?!そうなんですか?……あ!」  千都香が霜柱を見付けて、顔を輝かせた。 「踏んで良いですか?」 「好きなだけどうぞ」  千都香は嬉しそうに霜柱の上に足を乗せ、毅は笑いを噛み殺した。靴の下でさくさくと崩れる感触を楽しんでいた千都香は、それに紛れる様に、小さな声で呟いた。 「……引っ越すこと、誰にも言ってないんです。」 「え?壮介にも?」  驚いて聞き返すと、千都香が頷いた。 「落ち着いたら、皆さんにちゃんとお知らせしますから……それまで、黙ってて貰えますか?」 「分かった。誰にも言わない。約束する」  毅は霜柱を踏み終えた千都香に、帰ろうか、と手を出した。橋の無い細い水路を越えなくてはいけない場所が、少し先に有る。水は流れて居ないが、慣れないと危ないので前にも千都香の手を引いた所だ。 「……もし良い物件が見つからなかったら、本当に家に越して来てくれたら嬉しい。」  素直に手を引かれて付いて来る千都香の方を、見ずに言う。 「これも、何度も言うとパトカー呼ばれるかな」  先に水路を越えながら、冗談混じりに千都香に告げる。 「呼びませんよ。……ありがとうございます」  千都香は毅の手を取ったまま、狭い水路を飛び越えた。
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