帰結

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「着物、お返ししに来ました。お陰様で、無事務める事が出来ました。本当に、ありがとうございました」 「それは、良う御座いました。……奥様は居間でお待ちですよ。どうぞ、上がって下さい」  麻のポーカーフェイスが崩れたのは、着物を受け取るまでの一瞬だけだった。素っ気ない程いつも通りに、奥に上がる様に案内される。 「いえ。今日は、ここで……」  麻と比べるのも可哀想なほど、千都香には何事も無かった振りが出来ていなかった。  寒さのせいか、他の何かのせいなのか、口を開いて話し始めると、声が震える。まとまった言葉が言えなくて、ぽつぽつと単語が途切れる。それすらも途中で怪しくなって、千都香は一度目を閉じて深呼吸した。 「……また、ちゃんと、ご挨拶に来ますから……清子さんに、宜しくお伝え」 「ちょっと、千都ちゃん!?」  気配を察したのか、清子が居間から玄関へ出て来た。近付くまでは怪訝そうな顔をしていたが、間近に来たら、千都香の様子が見えたらしい。ほとんど悲鳴に近い声を上げ、駆け寄ろうとした。 「あなた、どうしたの?!」 「奥様、お危のう御座います」  清子は、麻に止められた。自宅とは言え、病気で視界が狭くなっている清子に玄関で騒がれたら、清子も周りの人間も危ない。 「上がって。上がらなかったら、絶交よ」 「清子さん……」 「何か飲んであったまって、コートを着て帰って。上がるのは、その間だけで良いから。こんなに冷たい手で、帰せないわ」  清子はゆっくり屈むと、千都香の手を探って握った。 「千都香さん。お茶をお出したら、奥様と私はコートを取りに行きますので、席を外します。その間、しばらく一人で居間で待って居て頂けませんか?」 「……ありがとうございます」  重い唇からやっと漏れた言葉は、音が付いた溜め息に近かった。
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