帰結

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「申し訳有りませんけれど、しばらくお待ち下さいね」 「ごめんなさい、お留守番お願いね。ゆっくりしてて」 「はい」  清子と麻に押し切られ、千都香は清子の家に上がって、居間のソファに腰掛けていた。二人は玄関先での説得通り、お茶とお茶菓子を用意したあと出て行ったので、今ここには千都香一人きりだ。  先程まで居た外に比べると、ここは暖かいのだろう。出された温かいお絞りで言われるがままに拭った指先が、じんと痺れた様になっている。 「眠くなったら、寝てても良いのよ」  清子が去る前にそう言って渡されたブランケットを握ったままなのに気が付いて、とりあえず、脇に置く。  千都香は目を開けたまま、何もせずぼんやりと座っていた。目を閉じるのも、煩わしい。心尽くしを無駄にするのは申し訳無いが、お茶に手を付けるのも、背もたれに体を預けるのも面倒だった。  ふと、飾り棚の上の一輪差しが目に入った。差してある薄桃色の八重の山茶花に、長く入り込んだ夕日が射しかけている。そんな風情の有る情景を目にしても、何の感情も湧いて来ない。  千都香がそこにぼうっと目をやり続けていると、傾いた日差しで何かが光った。 「……え」  目が認めた物に、目だけが反応したのだろうか。何も感じないままで涙が溢れていることに、千都香は戸惑った。 『お前、そろそろ正式に辞めろ。』  それが光ったのは、日の傾きの加減が合った、ほんの一瞬の事だった。  一輪差しの山茶花の陰に走った小さな金の継ぎ跡は、思い出したくもない現実に、千都香の意識を引き戻した。
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