誰が袖(たがそで)

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 医者に止められた事を持ち出せば説き伏せられるかもしれないが、従姉妹との約束が有る。  それだけでなく、症状についての詳細は、千都香の個人情報だ。本人が言わない事を暴くのは躊躇(ためら)われた。  結局、千都香と清子の希望を飲んだのだ。  壮介は来週、と言う千都香に曖昧に頷いて切符を買って貰い、電車に乗った。  乗ってすぐに、切符とカードを取り替えさせられた。「切符なんて珍しいから」としげしげと眺める千都香に渡されたカードケースには間延びした奇妙なクマが描いてあり、壮介は扱いに困った。 「おい、気をつけろよ」 「分かってますっ」  乗り換え駅で、エスカレーターに乗る。一人分の幅なので、登って来る誰かに袖を引っ掛けられたりする心配は無さそうだ。千都香に続いてエスカレーターに立つと、段差でちょうど頭の高さが同じ位になった。  目の前に、今は髪に隠されている項が見える。今であれなら、半月前はどれほど酷い状態だったのだろう。  乗り換えて程なく、千都香の最寄り駅に着いた。  駅からしばらく歩くと言われて、付いて行く。駅前に、小さな商店街。人通りも有り、明るく気持ちの良い街だ。 「良いとこに住んでんな」  治安が良さそうな雰囲気に、保護者の様に安堵する。 「ええ。お買い物とかの時は、ターミナル駅まで出ますけどね。家賃が割と安いんです、各駅しか停まらないから」  案内されて着いたのは、小さなマンションだたった。入り口にはオートロックが有り、管理人室も有る。人の気配は無かったが、千都香によると時間によってはちゃんと初老の男性が詰めて居るらしい。 「マンションもちゃんとしてんな」 「そうなんです。ここに越す前は、従姉弟と三人で住んでたんですけど、セキュリティの甘いとこに越す位なら出て行かせない!って」 「ああ……蓋の?」  この前怒鳴り込んできた従姉妹と蓋の従姉妹と三人か、と思ったのだが。 「じゃなくて、別の……お姉さんと弟の姉弟(きょうだい)が居て」 「おと」 「あ、着きました」  従姉弟について尋ねる前に、エレベーターが千都香の部屋の有る三階に着いた。
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