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「さっきは、ごめんなさい。私、ちょっと、変でした」
清子と麻の向かいのソファに座った千都香は、そう言うとぺこっと頭を下げた。
三人の前では、麻が淹れ直した紅茶が湯気を立てている。
「ううん、良いのよ。誰にでもいろんな事が有るものね」
「お気になさらないで、ゆっくり温まって下さいね」
「ありがとうございます」
二人の気遣いが身にしみた。何も聞かないでおこうという事にしてくれたのか、しばらくは沈黙の中で、微かに茶器が触れる音だけが部屋を満たした。
……のだが。
「……一日だけのお仕事、上手くいかなかった?」
「奥様っ」
清子がぽろっと口にして、麻に鋭く睨まれた。
「だって」
「すみません。気になりますよね」
千都香は、苦笑した。お喋りな清子にしては頑張って堪えた方だろう。
それに、ずっと言わない訳にもいかない。清子は壮介の客でもあり、千都香と同期の生徒でもあるのだ。
「おかげさまで、仕事は上手く行きました。また来て欲しいって言われたくらい」
「まあ!じゃあ着物のせいじゃ無」
「それは良う御座いました。千都香さんなら大丈夫だと思ってましたよ」
「……ありがとうございます」
一瞬二人の言い分が混ざってよく分からなかったが、昨日の首尾にほっとしてはくれた様だ。頷いて微笑んで、先を続ける。
「それは、良かったんですけど……さっき、こちらに来る前に先生の所に寄って、」
するすると口に出せていた言葉が、もつれて固まった。簡単に言えると思っていたのに、そう簡単では無かったらしい。
口に出そうとしたことを、頭の中で言ってみる。感情を揺らさずに言葉だけを言えるかどうかを何度か試して、恐る恐る口に出してみた。
「……完全に、首になりました」
「え?!」
「なんですって?!」
「あ!先生は、悪くないんです……怒らないであげて」
清子と麻の驚きは、一瞬で怒りに変わったらしい。今にも立ち上がって壮介のところに怒鳴り込みそうになった二人を、千都香はあわてて押し止めた。
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