帰結

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   * 「毅さん、お茶が入りました」 「ああ、有り難う」  千都香に声を掛けられて、毅は手を休めた。  ちょうど、切りの良い所だった。  千都香は何故か、声を掛けても良さそうなタイミングを見計らうのが上手い。今まで厳しく言われていたせいだろうかと思いそうになって、苦笑する。  過去は過去、今は今だ。いつどうやって身に付けた物でも、今毅を気遣う為に使われているなら、感謝だけすれば良い事だ。 「悪いな、片付けに駆り出して」 「いえ。……どうせ、家に居ても暇ですから」  マグカップを両手で包んでふうふうと冷ましている唇が、拗ねた様に尖っている。 「それに、ここに遊びに来れるのは嬉しいです、好きだから……こういう、ちょっと田舎みたいなとこ」  好きだから、の次に「あなたが」と言ってくれても良いのだがと真剣に思う自分は馬鹿ではないのかと、毅は湯気の立つマグカップを覗き込んで考える。 「……壮介の仕事……」 「え?」  誰かの事を気にするあまり、自分が不利になってしまう様な事も言ってしまうのは、良くない癖だ。知ってしまった壮介の近況を、千都香に尋ねられても居ないのに、口にしてしまう。 「カルチャースクール、なんとかやれてるみたいだぞ」  昔の友は、ついこの前まで恋敵という名の敵だった。壮介は否定していても、毅の方はそう思っていた。  けれど、今はもう敵ではない……と、そろそろ思っても大丈夫だろうか。 「そうですか。」 「気にならないの?」 「もう、関係無いので。」  ずっと、こうだ。  しばらく前に壮介から、「千都香を首にした」と聞いてから、ずっと。  首にしたと聞いた後、何度か今日の様な細々(こまごま)した仕事を頼んでいるが、毅と千都香の間では首になった話は出ていない。  壮介は、千都香が二度と漆を見たく無いと思うくらい酷く跳ね付けて首にしたと言っていた。そんな目に遭って傷付いているだろう千都香に、なるべく優しくしてやりたいと思う。  千都香の言葉にも表情にも、前と変わった様子は無い。だが、自分から壮介の名を口にする事も、金継ぎを話題にする事も無い。  壮介に対して怒るなり、不快感を示すなり、なんなら懐かしそうにしたり切なげにしたりしてくれる方が、対処のしようが有るのだが。 「ご馳走さま。旨かった」  もう少し仕事をしたら駅まで送っていく、と言い置いて、さっきの作業の続きに戻る。  難しいものだ、と毅は思う。千都香の気持ちを推し量るには、もう少し時間が必要だ。  今はまだ完全にはこちらを向いていない、千都香の想い。それを自分に向けるきっかけを、どう作ったら良いものか。  最初はそんなことを考えていた毅は、やがて作業に没頭して行った。
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