帰結

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「……キスして良い?」 「!」  立ち止まって毅を見た千都香は、驚いた様に一歩下がった。その背中が立木に触れて止まると、そのままゆっくり目を伏せた。 「…………あ!」 「……ぇ?」  もう少し、と言う所で、毅は大変な失敗に気が付いた。 「ごめん、千都香さん!その木、漆だ!」 「えっ?!」  葉が落ちた季節になってからは気付かなかったが、特徴的な房の様な実がなっている。冬は見分けが難しいので正確には漆ではなく漆の近縁種かもしれないが、触らないに越したことは無い。 「え、これ?!……え、え、こんなとこに?」 「悪い、退()いて」  引っ張って、腕の中に抱く。千都香の背中を確認すると、髪を結んでいたせいで、首筋から(うなじ)、頭までの部分は、洋服や布地に覆われておらず、肌が露出したままだ。 「くそ……邪魔しやがって……」 「え?」  毅は思わず悪態を吐いて、眉を顰めた。 「漆は森の中や藪の中とかじゃなく、明るくて開けた所に生えるんだ。登山道の脇やなんかでも、よく見る」 「でも……こんな、お家の有るとこで……」 「漆じゃなくて、ヌルデとかハゼとか、漆の仲間かもしれないな。似てるんだ、どれもこういう実がなって……庭木になったりもするから、街中でも時々見るよ。低木でも、紅葉が綺麗だから」 「あ」  首筋を指でなぞって確認すると、千都香の体が軽く震えた。 「この辺、木に触ったよな?……とりあえず、帰ってシャワーだ」 「ええっ?!あ、でも、大丈夫かも……冬だし、木だし、葉っぱとかじゃないし」 「駄目だ。」  シャワーと聞いて慌てる千都香に、きっぱりと断言した。 「絶対に、洗って貰う。洗わないなら、帰さない」 「えっ?!」 「せっかく漆から遠ざけたのに……こんなことでかぶれでもしたら、元も子もない」  それこそ、万一壮介に知れたら、どうなるか。  かぶれる原因である漆から千都香を引き離す為だけに、弟子にわざわざ嫌われた師匠だ。傷付けないと約束したのに何をやっているのかと、怒り狂う事は間違いない。
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