帰結

84/93
前へ
/313ページ
次へ
   * 「……うーん……」  千都香は、荷造りに勤しんでいた。  更新の為の退去日が迫っている。  しばらくは必要のない物、数ヶ月以内に使いそうな物、越してすぐに使いそうな物、着替えや細々した必需品など、身の回りの手荷物。  分けて詰めようと思うのだが、時々悩ましい物が有る。引っ越し先が暫定的なのが、こんなに迷う原因だった。  身を寄せる先には、家電や食器類は揃っている。ずっと住む訳ではないので、しばらく不要な物の箱は、そのまま開けずに済ませたい。そうすれば、次の住まいが決まった時には未開封のまま送れば良いので、荷造りを省略できるだろう。  就職と同時に引っ越したこの部屋には、色々な思い出が有る。  初めての一人暮らしで起こったトラブルのあれこれ、前職の時に悩んだこと、央子や梨香や雪彦とのこと。  金継ぎを習い始めてからは技術的な事や材料のこと、ホームページのことを勉強したり、肌が漆に触れない服装を研究したりした。慣れない着物を着せて貰って、エスコート付きで帰って来たことも有る。  付き合いが短かったにも拘わらず、一番沢山思い出されるのは、壮介に纏わる事だった。  それも荷造りのようにひとつひとつ、胸の中の箱に詰める。それは、もう開けないかもしれない箱だ。どれもこれも大事すぎて、今の千都香には眩しすぎる。  引っ越しは、不要品を処分する良い機会にもなる。捨てたり片付けたりしていたら、最近荒れていた気持ちまでもが、落ち着いて静かになって来た。  この荷物を開封しないまま送る先は、もしかすると毅の元になるのかもしれない。  のどかな場所で穏やかに、自分を大事にしてくれる人に応えて暮らしていくというのも、決して悪くは無いだろう。  千都香はすっきりとした気持ちで荷物を眺めて、うっすらと微笑んだ。
/313ページ

最初のコメントを投稿しよう!

167人が本棚に入れています
本棚に追加