帰結

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「……あ。」  荷物を見回していた千都香の目が、段ボール箱の陰に置いてあった、小さな紙袋の上で止まった。  これはすぐ使う物では無いが、箱の中には入れられない。だが、手荷物で持って行くというのも躊躇(ためら)われる。  千都香は、紙袋を手に取った。中を覗いて見ているうちに、いつの間にか眉間に皺が寄っていた。  誰かの様に取れなくなってしまわない様に眉の間をさすりながら、千都香はこれを持ち帰る事になった時の事を思い返した。    * 「きゃ!」   パン、と何かが壊れる音が背後で(はじ)けて、千都香の体がびくっと強張った。 「あ、ごめん。驚かせた?」 「ええ、まあ……」  振り向いて見ると、毅から少し離れた場所に、木箱が置いて有る。その箱には、陶器の破片が入っていた。器を割ったのは毅とその箱の間辺りの、土間に敷き石の様な物がいくつか埋めて有る場所だったらしい。 「わざと、割ったんですか?」 「うん。疵物(きずもの)だから。」  毅は、事も無げに答えた。陶芸家は創作するのが仕事なのに、疵物に限っては破壊するのも仕事らしい。 「疵が有る器は、疵を見つけたらすぐ割るんですか?一回も使っていなくても?」 「千都香さん。疵物の陶器は、完成品とは言えないんだ。だから、一度も使わないで、処分する」  毅はそう言うと、箱の中から藍色の線の上に鮮やかな緑や黄色で色付けしてある皿の破片を拾った。 「これは色を掛けたから、全部で三度焼いた。どの焼きの時も、何かの原因で疵が付く物が出る事が有る。そういう器は売り物には出来ないから、俺はその都度割ってしまう事にしている。好きで割ってる訳じゃ無いんだが、疵物を売る訳には行かないからな。止むを得ない……前に話したこと、無かったっけ?」 『それ、割れたんじゃなくてわざと割ったんじゃねえのか?』 『……まあ……』 『自分で作って、自分で割るんですか?』 「……有ります。聞きました、先生の所で」  壮介の所で金継ぎの補習を受けていて、たまたま毅も来た時に、そういう話を確かに聞いた。聞いた筈なのに、忘れていた。  忘れていたのではなく、聞いた言葉がこういう事実を伴っていると言う事が、よく飲み込めていなかったのかもしれない。
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