帰結

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 千都香は毅の傍らに座り込んで、大きな白い花が皿の三分の一ほど覗いている紋様が描かれている皿の欠片(かけら)を拾って、合わせてみせた。  皿は三つに割れていて、割れた間にほとんど隙間も空いていない。上手く継げば花に枝が加わった様な、面白い景色になりそうだった。   「これ、貰っても良いですか?すごく綺麗に割れてるから」 「……良いよ。」  毅は千都香を(いたわ)る様な笑みを浮かべた。  千都香にも、分かっている。漆を扱えない千都香には、もう、綺麗に割れた器は必要無い。それでも木箱の中を見ていたら重苦しい様なもどかしい様な気持ちになって、毅に聞かずには居られなかった。 「ごめん。驚かせて、悪かった。これからは、気を付ける」  気を付けるというのは、もう器を割らないという意味では無いだろう。千都香の前では割らない、と言う意味だ。  不良品である疵物(きずもの)を割るのは当然だ。毅が作っている物は芸術品なのだから。    * 『お前が今持ってる茶碗は、焼くときに底に付いた窯疵(かまきず)を、銀で(つくろ)ってある』  紙袋を手にしたまま、千都香は壮介に最初に会った時に聞いた言葉を思い出していた。  「窯疵」という、初めて耳にした言葉。それが、毅が器を割る理由なのだ。  壮介は「窯疵を繕った」と言っていた。割られないままで壮介の手元に辿り着いた疵物は、今も壮介の元で用を成し、器としての命を繋いでいる。 「……ごめんね。」  紙袋の中に咲いている、白い花につぶやく。  ──毅の疵物を千都香が全部、(つくろ)えたなら。  そう思ったが、毅はそれを望まないだろう。たとえ千都香が全て繕えたとしても、それらは毅の作品にも商品にもならない。単に千都香の趣味になって、私的に使う器の数が増えるだけだ。  毅の望みは、焼き上がった時点での疵物を出さない事だ。毅にとっては疵のある器は、その後にどんな事をしたとしても、用を成さない物なのだ。  それが、不意に淋しく思えた。
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