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「ただいま。」
早朝の外出から帰った牧壮介は、小さな声で帰宅の挨拶を口にした。
そんな事は、普段滅多にする事は無い。この家に自分以外の人間が待っている事など、ほぼ無いからだ。
廊下に上がって、納戸の扉に手を掛ける。静かに開けると、そこには布団が畳まれて居た。
「……は?」
扉を全開にして、部屋の隅から隅まで見た。居る筈の人間も居なければ、有る筈の荷物も無い。部屋はもぬけの殻だった。
納戸を出て、足早に奥に急ぐ。
トイレと奥の作業部屋と台所と洗面所と風呂場、見られる所は全て見た。念の為台所をもう一度見ると、自分が書いたメモがそのままテーブルの上に乗っている──と思い込んでいたのだが、よく見たらそのメモには別の字で書き足しがしてあった。
メモを握って、玄関に向かう。
上がった時は気付かなかったが、朝ここを出た時には有った赤い塗りの下駄が無い。
外に出てポストを開ける。何も入って居ない様に見えたが、上を探ると取り出し口からちょうど死角になる場所に、袋に入った玄関の合い鍵が、マスキングテープで止められていた。
「……千都香……」
消えた女の名を呼ぶ壮介の手の中で、メモがぐしゃりと握り潰された。
【終・そして続く】
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