不在

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「……千都香と…………同衾(どうきん)しました……」 「まぁあっ!!まさか千都ちゃんそのせいで」 「それは、合意の上ですか?」 「ぐ」  あらぬ方を見て(うな)る様に自白した壮介に、遠慮の無い言葉が投げられた。 「そうね、合意は大事よね!」 「お答え如何(いかん)によっては、牧先生と言えども許しませんよ」  清子と麻は、壮介をアサリ扱いする事をやめた。口を閉じようとするのなら、網に乗せて焼いてしまえば良い。壮介が二人に合わせて選んだと思われる「同衾」という古風な単語は、アサリを焼く網に打って付けであった。 「合意です!!ちゃんと、合意の上ですから!恐ろしい顔するの止めて下さい!!」  壮介はソファの上で後ずさり、二人から気持ち距離を取った。  今、女性に対して使うには不適切な形容詞を聞いた気がするが、二人ともそれどころでは無い。 「先生がそう(おっしゃ)っても、ねえ……」 「……千都香さんの言い分も、聞かないと……」  清子は困った顔をしただけだったが、麻は壮介を疑いの眼で見た。  追い詰められた男は、保身の為に平気で口から出任(でまか)せを言うものだ。修羅場に無縁そうな壮介と言えども、男女の件に関しては簡単に信用してはならない。 「そうね。先生に迫られて、断れなかったのかもしれないものねえ」 「近頃流行りのパワハラ疑惑ですわよ、奥様」 「や、それも違いますから!!大体、あいつから抱き付いて強請(ねだ)っ……」  壮介が口にしかけた言葉で、清子の居間に激震が走った。  しかし、衝撃とは逆に清子も麻も、一言も言葉を発しなかった。二人は、声を出せないほど固まっていたのだ。 「……すみません、勘弁して下さい……あいつの名誉の為にも、詳しい事は言えません」  壮介が息も絶え絶えに、今更過ぎる謝罪をした。  微妙に、間違っている。謝罪すべき相手は清子と麻ではなく、千都香であろう。 「…………そう……ですね…………」 「……秘め事は、人に言うものじゃ無いわよね……」  そう言いながらも、千都香の密かな恋路の進展に、清子も麻もわくわくしていた。  
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