167人が本棚に入れています
本棚に追加
/313ページ
「まず……昨日の事を、謝りに来た。」
千都香と一夜を過ごした翌朝、壮介は、毅を訪ねた。無言で玄関に招き入れられ、言い訳もそこそこに謝罪する。
しばらくの、沈黙の後。
「……謝る様な事をしたのか?」
毅が今日初めて口にした言葉が、それだった。
「今更謝る位なら、どうしてあの時、止めなかった?」
「……済まない……」
顔が、上げられない。
毅の声は、静かだった。
*
昨日、何の前触れも無く、千都香が壮介を訪ねて来た。
用件を聞くと、仕事を頼みに来たと言う。なんというタイミングかと、目眩がした。
千都香が来なくなって以来、壮介宅にはほとんど客が来なくなっている。しかし、たまたま昨日は夕方遅くに客が来る事になっていた。
壮介は迷った。二度と敷居を跨がせないと言ったものの、実際に来られると家に上げないのは難しい。
約束までには、まだ間が有る。それまでに追い返せば良いだろうと思い、千都香を家に上げてしまった。
久し振りに顔を合わせる千都香は、元気そうだった。前よりも明るく、前と同じ様に生き生きとして楽しそうだ。幸せそうな様子に、密かに安堵した。
初めて家まで送った時に着ていた和服を纏っている事には、見た時から気が付いていた。袖の振りからは、前とは違う赤い色がちらっと覗いている。白も似合っていたが赤も可愛い、などと余計な事を考えたりした。
用件である器を受け取り、帰る様に促した。
千都香は、ぐずぐずと帰りを渋った。来客が有ると言うと、せめて忘れ物を取らせてくれと言う。
「ありがとうございます!捨てないでくれたんですね?」
千都香の部屋になっていた納戸を覗いて忘れた服を見つけると、千都香は嬉しそうにはしゃいだ。
突き放したのに、変わらない。こうして千都香が傍らに居ると、居るのが当たり前な気がして来てしまう。
そろそろ本当に帰らせなければ、と思い始めた頃、畏まって挨拶をし始めた。このままずるずると居させると、まずい事になる。
……そう思った時。
「……そこ、また赤くなって無いか?」
前に漆でかぶれた時に、最後まで赤味が残っていた項が、その時と似た様に赤らんでいるのに気が付いた。
「えっ?」
指摘すると、千都香は慌てた。そして、思い出した様にこう言った。
「……あ!毅さんの、」
……毅の。
聞いた途端に、壮介の全身の血が沸いた。
最初のコメントを投稿しよう!